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美しい暮らし

2019.03.08 公開 ポスト

番外編

下町おっさんキッチンで「本当のことを話す」竹村優子

矢吹さんご本人、そしてご自宅もまさに「美しい暮らし」、何もかもが本当に素敵でした。

料理を作る矢吹さんのお姿は穏やかで緩やかでいて、出来上がる時には洗い物も済んでいるプロさながらの手際。そして供される料理もプロ並みで、味も見た目も本当にうっとりするものでした。

作品のファンとして感動したのは、矢吹さんの手を間近で見られたこと。そしてその手が綺麗なこと! あの繊細な文章はこの繊細な手で紡がれるのか、、とこちらもうっとりしながら見つめておりました。

不思議なほど身も心もほどけて、セラピーを受けたような至福感に包まれました。連載を読む度にあの時間を思い出して癒されたいと思います。貴重な機会を頂き、本当にありがとうございました。

***

「美味しいは越えていく」

なんとも好運なことに、ビストロトウさんの企画に当選!

嬉しいはずなのに、道中「やめときゃ良かったか」病が…

これは私の性分で、楽しいはずの予定もいざ近づくとモゾモゾしてしまう。

なんとかしどろもどろな挨拶をして、食卓に着きました。

ハイビスカスのピンクが鮮やかな一杯で、今日の集いがスタート。

絶妙な間合いで次々とお料理を出してくださって、ここは本当に気の利いた下町のビストロなんじゃないかと錯覚してしまう。

その全てが感動的に美味しいこと!

ささっと料理を作りながら、テキパキと片付けをして、会話でさりげなく緊張をほぐしてくれる。アルカイックスマイル(私にはそう見えた)をたたえたトウさん。

どうしたらこんな風にできる⁈ 憧れが止まらない。

食卓を囲んだ皆さんとも、初めましてなのに会話が途絶えることがなかった。

私はというと、元来話し下手で不器用な人間で、一発勝負じゃなかなか良さを出せません。

でももしこの場のために無理に用意した話をしたなら、それは自分の言葉じゃない気がする。

だから私も何も取り繕わず、正直にそこにいました。

そう思えたのも、この会のたった一つのお約束が

「正直に話す」だったから。

美味しいものに目がない人間が

ただただ幸福感にまみれながら

美味しくいただいて、楽しく過ごす。

サービス精神がなくてごめんなさい。

食い逃げみたいですいません。

心の中でそう懺悔しながら

ひたすら心の底から出てくるホントの自分の言葉、

「美味しそう」「美味しい」を繰り返してました。

結果、美味しいは、いろんな境界を飛び越えていきました。

とはいえ、まだモゾモゾしてるような気がして足元を見ると、そこには名接客係のふわふわでゴージャスなくまちゃんが。

この子がいたことで、更に境界がなくなったのは、言うまでもありません。

トウさん、食卓を囲んだステキ女子の皆さん、くまちゃん、夢のように楽しい時間を本当にありがとうごさいました!
 

**

ビストロトウのご主人は想像していたよりずっと背が高い方でした。

招じ入れられて 後ろからついていきながら 膝丈のパンツからのびる素足の、長くしゅっとした細いアキレス腱を格好いいな、と思いました。大きく切られた窓のせいか、フローリングの清々しい感触のせいか、見える景色は確かに東京の街並みなのに『なんだか南のリゾートのコンドミニアムに招ばれたみたいだ』と感じました。そしてあのゴールデン.レトリバーのくまちゃん。

矢吹さんの連載を初めて読んだのは、ご友人をありあわせの作りおきで、とりどりの小皿に盛ってもてなした回です。『美しい暮らし』、ぴったりのタイトルだと思いました。

それから 会社員時代に体調がすぐれなかった期間のこと、お知り合いから文章のイメージの為に実像を表に出さない方がいいと言われた時のこと、 さり気ない文章の合間に感じられる、今もある痛みと それでいて起きた出来事を諦念と共に受け入れている達観した感じがなんとも云われず、 またその古風なことば遣いのひとつひとつの慎重な選び方にどんなひとだろうと思い巡らしていたのでした。

応募したのは、『正直に話すこと ただそれだけ』という募集の文にこころ打たれたからです。

私は、子供のころから自分はひとから嫌われる、と思ってきました。ひとが怖くて、外の世界とどのように関わればよいのかずっと模索してきたように思います。ええ格好しいの長女気質で 瞬発的にそれらしく振舞っても  所詮ほんとうの自分ではないと、後で鬱々とすることしばしばでした。ですので人のなかにあって自意識から離れて正直であるというのは私にはなかなか勇気のいる約束です。それでも矢吹さんに会ってみたい、あのキッチンのカウンター越しに座ってお話ししてみたかった。

審美眼の優れた人間は狭量になりがちだといいます。その文章から人間観察眼の鋭敏なこと、生き方にうつくしさを求めることは云わんや愚かです。

どんな風に思われるだろう、とやはり怖かったです。でも 時間とともに、自分の内側で忙しく自分と会話をするのが止みました。

結局、我ながら可笑しいほど悲壮に覚悟していた『自分について正直に語る』ことなく辞去いたしました。ただ素晴らしいお料理をいただいたうえ、いっぱい美味しいお酒を頂戴し、他愛ない話をしただけです。なにか文筆家としての矢吹さんに得るものがあったのかと申し訳ないように思います。でもきっと語らずとも なにごとかをご覧になったのでしょう。

映画について特に詳しく話題になったわけでもないのに、「あなたはライトスタッフが好きでしょう」と言い当てられて驚き且つ理解者を得たような嬉しさを瞬間感じたのですから。

その日帰宅して、一人反省会をすることもなく眠りにつきました。そしてその日以来、日々いやされているのを感じます。

関連書籍

矢吹透『美しい暮らし』

味覚の記憶は、いつも大切な人たちと結びつく——。 冬の午後に訪ねてきた後輩のために作る冬のほうれんそうの一品。苦味に春を感じる、ふきのとうのピッツア。少年の心細い気持ちを救った香港のキュウリのサンドイッチ。海の家のようなレストランで出会った白いサングリア。仕事と恋の思い出が詰まったベーカリーの閉店……。 人生の喜びも哀しみもたっぷり味わせてくれる、繊細で胸にしみいる文章とレシピ。

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美しい暮らし

 日々を丁寧に慈しみながら暮らすこと。食事がおいしくいただけること、友人と楽しく語らうこと、その貴重さ、ありがたさを見つめ直すために。

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竹村優子

幻冬舎plus編集長と単行本、新書、文庫の編集に携わる。手がけた本は、『世界一の美女になるダイエット』(エリカ・アンギャル)、『青天の霹靂』(劇団ひとり)、『職業としてのAV女優』(中村淳彦)、『大本営発表』(辻田真佐憲)、『弱いつながり』(東浩紀)、『赤い口紅があればいい』(野宮真貴)、『じっと手を見る』(窪美澄)、『銀河で一番静かな革命』(マヒトゥ・ザ・ピーポー)、『しらふで生きる』(町田康)、『往復書簡 限界から始まる』(上野千鶴子・鈴木涼美)など多数。

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