●「教会の教えは正しいのか?」と疑うきっかけになった本
――本のほうに話を戻すと、中学生の時に『世界十五大哲学 哲学思想史』(富士書店)を買って読んだくだりがあります。この本から、優少年の読書リストに哲学書が加わっていくんですね。
佐藤 『世界十五大哲学』は、大井正氏と寺沢恒信氏の共著で、マルクス主義の立場から書かれた哲学の教科書です。この本を読むまでは、教会が教える神様のあり方をずっと正しいと思っていたんです。でも、この哲学の教科書を読むと、神様は人間の科学があまり発展しない頃に人間が思いついた幻想だと書いてある。教会と哲学で言っていることが違うんですよね。
中学生ながら、どちらが正しいのかと思い、さきほどの牧師の新井先生に相談に行きました。そこで答えは出なかったけれど、中学2年生の夏ぐらいから、キリスト教とマルクス主義をじっくり勉強したいと思うようになりました。
――『世界十五大哲学』のなかのマルクス・エンゲルスに関する記述は、この本のなかでもたびたび引用されています。現代の私たちが読んでも、勉強になるんじゃないかと感じたんですが。
佐藤 現在の水準として考えても、哲学の教科書として非常にすぐれていると思います。特に寺沢恒信氏はヘーゲルの『大論理学』の初版の翻訳など、いい仕事をたくさんしている人ですよね。だからそれぞれの哲学者に関する記述もしっかりしている。マルクス主義という立場はあるけれど、対立する側に関してもできるだけ客観的に説明するという姿勢が貫かれています。
じつはつい最近、PHP文庫から『世界十五大哲学』が復刊され、私は解説を書きました。解説では、この本に収録されているロシアの哲学者チェルヌィシェフスキーと中江兆民の思想を中心に説明しました。
●本の読み方も物事の考え方も塾が教えてくれた
――塾の国語の先生から『資本論』をもらったり、数学の先生のところに遊びに行ったりと、塾の先生との知的な交流も印象的でした。
佐藤 当時の塾は進学塾の走りで、塾から物事を考えることを教えてもらうようなところがありました。ちょうど全共闘運動直後の時代ですから、会社員にもならず、かといって学者の道にも進まなかった人間が塾に集まっていたんです。だから教わる内容も、試験のテクニックだけじゃなくて、知的な欲求を刺激するものが多かった。
――佐藤さんが人生で最初に読んだ小説も、塾の国語で扱うモーッパサンの『首飾り』ですもんね。
佐藤 本の読み方は塾で教わりました。国語は学年のバリアはほとんど関係ないから、問題演習と読書感想文の訓練を積み重ねていくんです。読書感想文と言っても、要約をきちんと書かせる。さらに要約を書くときには、必ず引用をするという訓練も徹底的に受けました。この引用の訓練は、作家になってからも役に立っています。
僕より世代がちょっと若いけれど、民主党の前原誠司さんも、京都の甲斐塾というところに行っていて、そこから大きな知的影響を受けたと聞きました。その塾では今でも塾出身者が定期的に同窓会をやっているそうです。
――佐藤さんが通っていた塾では、経営方針をめぐって内部分裂が起きていますが、それも当時の時代性と関係していますか?
佐藤 あると思います。当時の塾の先生たちには、知識を金と交換するのは後ろめたいことだという独特のモラルがありました。ただ、内部分裂を起こすにしても、お互いに悪口を生徒には絶対に言わないという教師としてのモラルも同時に持っていた。
一方で、通う側は、塾に行って成績を上げるのはどこか卑怯な感じがありました。だから今のように、学校で「今日は塾がある」とおおっぴらに言うような雰囲気じゃなかったんですよね。中学校の教師たちもプライドを持っているわけで、われわれはしっかり教えているという自負があったと思います。
*後編は2月17日に掲載予定です。
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