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明け方の若者たち

2020.06.27 公開 ポスト

【書評】「24秒の文学」の外へ──WEBテクストと文芸を横断するカツセマサヒコ大滝瓶太

代替可能な「何者でもない僕」の物語

物語の形式をとった小説では、大なり小なりの「なにか」がおこり、そのなかで主人公の求める/求めざるによらずなんらかの変化を経験する。カツセマサヒコ本人が「だれも変わらない小説」と述べている本作『明け方の若者たち』についてもそれはいえることで、主人公は一人の女性との出会いや大学生から会社員になるという環境の変化により、みずからの存在が宙吊りにされる。

たとえば序盤にはこんなシーンがある。

ハイボールを飲み終えるまで、僕らは「勝ち組飲み会」について、ひたすら悪口を並べて遊んだ。「きっと入社してから苦労するんだよ、ああいう場に参加しちゃう、私たちみたいな人間は」自虐も含めて話す彼女は、内定という事実だけで浮かれて踊れるほど、浅はかでも愚かでもない大人だった。行くはずだった友達が風邪で行けなくなったからと、数合わせで呼ばれた彼女が、僕にはあの場にいる誰よりも魅力的におもえていた。それまであの場に参加する自分をどこか誇らしくおもっていた僕は、彼女の苦言を聞いたその瞬間から「レセプション・パーティ」や「ローンチ・イベント」に参加するようなタイプの人間を、大嫌いになろうと決めた。誰からも賞賛されるような存在になるよりも、たった一人の人間から興味を持たれるような人になろうと決めた。
──カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

本作は、就職活動を終えた主人公を含む学生らによる「勝ち組飲み」の回想からはじまる。主人公は彼女に誘われて「勝ち組飲み」を抜け出し、大学近くの公園で飲み直しているシーンが引用部だが、『「レセプション・パーティ」や「ローンチ・イベント」に参加するようなタイプの人間を、大嫌いになろう』という感性はこの場ではじめて生まれている。だが、それよりも前にあった「勝ち組飲み」は最初から一貫して中身のない騒々しいだけの集まりとして描写され、ついには「わざわざ説明するのもの面倒なくらい、最悪以外の感想がない」とさえ述べられる。最初の章を読み返すと、主人公のこの感性は「彼女からもたらされた」という側面と、「もともと嫌いじゃなかったのと同じくらい好きでもなかった」という側面が混ざり合っているように感じられる。

 

こうした混濁は、語られることと語り手の現在地に時間的差異があることによって生じている。懐古的な語りを通して2012年当時の「僕」と5年後の「僕」という過去と現在の混濁が発生し、“ほんとうは最初から好きじゃなかったのかもしれない”という「僕」の姿が浮き上がってくる。5年前の過去、リアルタイムでは自覚されていなかったかもしれない価値観が、未来の「僕」が語り直すことによってはっきりと捕らえられるのはひとつの「変化」だ。

同様に、会社員として働くなかでも、就活当時に抱いていた「クリエイティブな仕事がしたい」というおもいとは裏腹に、「営業、企画、技術、製造、それぞれの部署が担当していない“その他すべて”を受け持つ場所」である総務部に配属され、理想と現実のギャップを経験し、何者でもない自分を自覚するのも懐古的な語りにより発見された自意識だ。

この「何者」をめぐり、たしかに見かけの「僕」は物語のなかで変化していないのかもしれない。社会的ポジションにおいても恋愛においても他者との代替が可能である「僕」は、一貫して「何者でもない」というのは認められる。しかし過去を想起することにより、語られる文章というリアルタイムのなかでそうしたみずからの姿が認識され、肯定されていく様子は、キャリアや価値観が多様化した2010年代日本が舞台の青春教養小説として、リアリティがある。そしてこのリアリティは、「カツセマサヒコ」という「インターネットの人」である著者が「カツセマサヒコにならなかった物語」として想起されたことにより、強化されているようにかんじた。

「インターネットの人」としてのカツセマサヒコ

本作の執筆においてカツセは「インターネットの人としてのカツセマサヒコを知っている人たちにもまっすぐ届く物語にしよう」という意図があったとインタビューで述べている。カツセは、2009年に大学卒業後、本作の主人公と同様に印刷会社に就職し総務部に配属される。「クリエイティブな仕事」への憧れを持ちつつも異動も叶わず、転職にも踏み切れないでいるなかブログやSNSでの発信をはじめ、それをきっかけに2014年に編集プロダクション「プレスラボ」に転職、WEBライターとしてのキャリアをスタートさせた。その後、Twitterで男女間の恋愛駆け引きの1コマを140字で描写した「妄想ツイート」によって多くのフォロワーを獲得した。

カツセを「インターネットの人」という「何者か」にした大きな要因はTwitterだが、カツセ自身、これは戦略的に獲得したものだと過去に述べている。WEBライターとしての仕事は、クライアントの要望をWEBライティングによって実現することであり、その評価は前章でも述べたようにPVやコンバージョンといった定量指標によって行われる。企画の提案をしても、「それが具体的にどれだけの数字を取れるのか」を根拠を持って提示できなければWEBライターとしての職業責任は果たせない。それを果たすべく24秒ごとに関心が移り変わるとされるインターネットユーザーに対するマーケティングとして、カツセはTwitterでの徹底したブランディングを行った。

Twitterのいいところって必ずリアクションがある点。リツイートやいいねといった反応はもちろん、何も反応がないのも“興味がない”“おもしろくない”というリアクションなので。そこから毎日地道に自分のTweetでABテストをしながら、PDCAを回しまくって、ノウハウを蓄積しました。隣の席の梅田に「またTwitter?」って言われても、めげずに、むしろ「静かにしててください」って怒ったりして(笑)。
(引用: 『カツセマサヒコの終わりなき旅|独立という選択。“メディア”として生きる覚悟』

カツセによって140字にまとめられた「24秒の文学」は、いわゆる”エモい”物語の断片を共感ミームとしてインターネットに拡散され、やがてインターネットに群をなす共感が「カツセマサヒコ」を「インターネットの人」にした。

こうしてカツセマサヒコの来歴を振り返ると、カツセは「インターネットの人」としてのアイデンティティを獲得したという点でクリエイティブな仕事を志す者にとって「勝ち組」に映るかもしれない。しかし、カツセはこう語る。

あのとき会社を辞めなかったらどうなっていたんだろう? というタラレバの人生を書いてみたかったんですよね。僕は今、フリーランスの編集・ライターとして働いていて、はたからみると自由でやりがいのある仕事を謳歌しているように見えるかもしれない。実際、転職・独立に憧れている人は多いし、「フリーランスって一つのアガリでしょ」みたいな言い方をされることも少なくない。でも、全然そんなことないんですよ。「こんなはずじゃなかった」って今でもどこかで思っているし、僕から見て眩しく輝いている人でも、思いどおりの人生を歩んでいるなんてことはめったにない。そういう現実も、ちゃんと描きたかったんです。
(引用: 『カツセマサヒコが語る、初の長編小説への想い「この小説では誰も成長していない。でも、それでもいいんじゃないかと思えた」』

この態度は本作に言えることだけではないだろう。一部のインフルエンサーはプライベートをSNS上にさらけ出す手法で共感を得ているのに対し、「インターネットの人・カツセマサヒコ」は一貫して「フィクション」を書き続けている。

カツセはWEB広告案件に対して恋愛の駆け引きに潜む共感の物語を軸としたソリューションを次々とおこない、140字を超えた物語はカジュアルな呟きの射程を超え、文芸的な要素を獲得した。

関連書籍

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

2021年12月、北村匠海主演で映画化決定!! 9万部突破の話題作、早くも文庫化。 明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。 世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、“こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。 それでも、振り返れば全てが、美しい。 人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

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明け方の若者たち

6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。

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大滝瓶太

作家。1986年生まれ。2016年よりフリーライターとしてWEBメディアにコラム・エッセイを寄稿をはじめる。2018年に「青は藍より藍より青」で第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞。同年「たべるのがおそいvol.6」(書肆侃侃房)で短編「誘い笑い」を発表。著書『コロニアルタイム』(惑星と口笛ブックス)が第39回日本SF大賞エントリー作品として推薦される。

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