恋の喜びと苦しみに息を詰まらせ、何者にもなれない自分にあがいた二十代の日々を描いた、カツセマサヒコさんのデビュー小説『明け方の若者たち』。話題の小説がどのように生まれたのか、執筆の裏側をカツセさんに伺った。
(小説幻冬7月号より)
描いていた未来とは違う現在地、“何者でもない自分”の焦り
ああ…高校時代に戻って好きな女の子に「ノートコピーさせて?」って言って、帰ってからその子のノート見返してたら「カツセと付き合えますように」ってちっさく書いてあって「え!?」って思いながらなんとなくツイッター開いたら「もうダメだ死んだ絶対ひいてる死んだ」ってつぶやいててほしい…。
— カツセマサヒコ (@katsuse_m) December 7, 2015
33年生きてわかってきたけど僕は「iPod classic をヘッドフォンで繋いで聞いてて文庫本をいつも持ち歩いてて海沿いに住んでて深夜ラジオが趣味。夏場は黒とかカーキのシンプルなマキシワンピを同じやつ数着持って着まわしてる」みたいな女子が好きなのに、そういう女子は俺のこと徹底して好きじゃない
— カツセマサヒコ (@katsuse_m) May 4, 2020
身悶えするようなシチュエーションや恋愛あるあるを綴った「妄想ツイート」で女子の心をわしづかみにし、今やTwitterフォロワー数14万6000超。現在はライター・編集として活躍するカツセマサヒコさんが、初の長編小説を執筆した。
「ありがたいことに、ツイートをまとめた本やコラム集を出さないかという依頼は、数年前から何度かいただいていました。でも、無料で公開しているツイートを本にまとめても買ってもらえないでしょうし、コラム集を出せるほど説得力のあることを言える自信もなくて。その一方で、兄が小説家を目指していたり、幼い頃から母に面白い本を薦められたりしていたので、小説に対するあこがれは非常に強かったんですね。タイミングが合えば、小説にもチャレンジしたいと思っていたところ、幻冬舎の編集さんから声をかけていただきました」
とはいえ、そこからが長かった。テーマを決め、本格的に執筆を開始するまで、編集者と何度も打ち合わせを重ねて方向性を固めていったという。
「アーティストやクリエイター、作家の方々は、過去に壮絶な体験をしていたり、強いコンプレックスを持っていたりして、その反動で作品を作るイメージがあります。でも僕は何でも七十点くらいまではそつなくこなすタイプで、いじめられたことも不登校になったこともなくて。あまり内向的でない分、音楽やカルチャーへの造詣も深くありませんし、熱く語れるような趣味もない。SNSで発信したり友人と飲みに行ったりするだけで楽しいと思えてしまう、薄っぺらい人間なんです。ただ、Twitterを見ていると、“ノーコンプレックスがコンプレックス”な人って意外と多いように感じます。彼らになら、届けられる何かがあるかもしれない。凡人だからこそ書ける話にしようと思いました」
カツセさんがそう話すように、この物語の主人公である“僕”は、どこにでもいる大学生。二〇一二年、大手印刷会社への内定を早々と勝ち取った“僕”は、明大前で開かれた退屈な飲み会で「彼女」と出会う。ひと足先に沖縄料理屋を去った「彼女」から送られてきたのは、一行だけのメッセージ。「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」─わずか16文字の誘い文句に惹き付けられ、“僕”は生涯忘れられない恋にのめり込んでいく。
その一方で、社会人になった“僕”が、ままならない現実にあがく姿も描かれる。クリエイティブな仕事をしたいと意気込む“僕”を待ち受けていたのは、総務部への配属。企画を形にし、プラスを積み重ねていく「加点方式」の仕事ではなく、ミスが許されない「減点方式」の業務だった。会議室の机を並べ替え、足りない備品を発注し、誤植に訂正シールを貼る。「こんなハズじゃなかった人生」にあがき、同期と酒を飲んでは思いつきの企画を延々語り合う日々。そんな青くて痛い五年間が綴られていく。
「印刷会社に入社し、総務部に配属されたのは、僕の経歴そのまま。でも、実際にはもっとひどいこともあれば、本当はそこまでひどくなかったけれど、あえてネガティブに書いたことも。エンターテインメント性を重視した結果、私小説的な要素は三分の一程度になりました。とはいえ、作中の“僕”が感じた不安は確かにありましたし、今も僕の中に残っています。描いていた未来と全然違う現在地にいる焦り、途方に暮れる感じは、きっとこれからも続いていくんでしょうね。でも振り返ってみると、絶望的だったはずのその場所がすごく希望にあふれているんです。幸せって、その時には気づけないことの連続。そういう後悔の物語でもあります」
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明け方の若者たち
6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。
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