他者の成功が可視化されるSNS時代の生きづらさ
カツセさんが、自身の人生について「こんなハズじゃなかった」と思うようになったきっかけのひとつがSNSだ。TwitterやFacebookでは、他人の成功、輝かしいライフスタイルが可視化される。自らの境遇と引き比べ、劣等感を抱くことも少なくない。
「SNSが普及する以前は、同じ会社の人たちや身近な友達のことしか見えていませんでした。でも、Twitter上には起業家として成功している同世代の人、好きなことをして稼いでいる人がいて、サラリーマンをやっていることがバカバカしく思えてしまって。自分の世界の狭さを痛感して、このままでいいのかと心に火をつけられてしまうんですよね。“何者かになった人”が可視化されることによって、“何者でもない自分”に焦りを覚える。SNSによって、そんな生きづらさを感じるようになりました。その反面、SNSがなければ僕はライターになっていませんし、こうして小説を書くこともなかったでしょう。僕自身、SNSに救われたのも事実です。小説を書くにあたって、こうした側面を描かないのは不自然なこと。だからLINEなども普及している二〇一二年から始まる物語にしました」
作中には、TwitterやLINEなどが定着し始めた二〇一〇年代の空気が立ち込めている。だが、物語を彩る音楽はキリンジの「エイリアンズ」、ピロウズの「ハイブリッド レインボウ」、くるりの「ハイウェイ」など少し懐かしい曲が多い。そこにも、カツセさんの意図があったという。
「二〇一〇年代のオリコンチャートを見ると、AKB48と嵐ばかりで一位の曲を全然知らないんです。当時はフェス文化が広がり、“みんなが好きなもの”が存在しない時代だったと思っていて。では当時の若い人たちが何を聴いていたかというと、彼らが学生時代に聴いた曲。背伸びして聴いていたキリンジやピロウズが心に沁みついている、その感じを書きたくて」
実在の名称が出されるのは、音楽だけではない。初デートの待ち合わせ場所に選んだ下北沢のヴィレッジヴァンガード、親友を交えて「彼女」と飲み明かした高円寺の居酒屋「大将」など、地名や店名も具体的だ。
「固有名詞を並べていますが、逆に具体的にしすぎないことも意識しました。例えば二〇一二年の雰囲気を伝えるには、店内BGMにファンキーモンキーベイビーズをかければいいのかもしれません。でもそうすると、その時代から離れられない物語になってしまいます。あまり限定的になりすぎないよう、ある程度長く語り継がれる音楽や作品を意識して取り入れました。地名に関しても、下北沢や高円寺に行ったことがなくても、身近な場所に置き換えて想像できるよう気を遣ったつもりです。せっかくこの本が全国の書店に届くなら、その書店のある町を感じられる物語にしたいと思ったので」
構成・文/野本由起
(後半は7月11日公開予定)
明け方の若者たち
6月11日発売、人気ウェブライター・カツセマサヒコさんのデビュー小説、『明け方の若者たち』をご紹介します。
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