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明け方の若者たち

2020.07.08 公開 ポスト

【インタビュー前半】

ノーコンプレックスがコンプレックス。凡人だからこそ書ける話を書いた野本由起

他者の成功が可視化されるSNS時代の生きづらさ

カツセさんが、自身の人生について「こんなハズじゃなかった」と思うようになったきっかけのひとつがSNSだ。TwitterやFacebookでは、他人の成功、輝かしいライフスタイルが可視化される。自らの境遇と引き比べ、劣等感を抱くことも少なくない。

「SNSが普及する以前は、同じ会社の人たちや身近な友達のことしか見えていませんでした。でも、Twitter上には起業家として成功している同世代の人、好きなことをして稼いでいる人がいて、サラリーマンをやっていることがバカバカしく思えてしまって。自分の世界の狭さを痛感して、このままでいいのかと心に火をつけられてしまうんですよね。“何者かになった人”が可視化されることによって、“何者でもない自分”に焦りを覚える。SNSによって、そんな生きづらさを感じるようになりました。その反面、SNSがなければ僕はライターになっていませんし、こうして小説を書くこともなかったでしょう。僕自身、SNSに救われたのも事実です。小説を書くにあたって、こうした側面を描かないのは不自然なこと。だからLINEなども普及している二〇一二年から始まる物語にしました

撮影/なかむらしんたろう

作中には、TwitterやLINEなどが定着し始めた二〇一〇年代の空気が立ち込めている。だが、物語を彩る音楽はキリンジの「エイリアンズ」、ピロウズの「ハイブリッド レインボウ」、くるりの「ハイウェイ」など少し懐かしい曲が多い。そこにも、カツセさんの意図があったという。

「二〇一〇年代のオリコンチャートを見ると、AKB48と嵐ばかりで一位の曲を全然知らないんです。当時はフェス文化が広がり、“みんなが好きなもの”が存在しない時代だったと思っていて。では当時の若い人たちが何を聴いていたかというと、彼らが学生時代に聴いた曲。背伸びして聴いていたキリンジやピロウズが心に沁みついている、その感じを書きたくて」

実在の名称が出されるのは、音楽だけではない。初デートの待ち合わせ場所に選んだ下北沢のヴィレッジヴァンガード、親友を交えて「彼女」と飲み明かした高円寺の居酒屋「大将」など、地名や店名も具体的だ。

固有名詞を並べていますが、逆に具体的にしすぎないことも意識しました。例えば二〇一二年の雰囲気を伝えるには、店内BGMにファンキーモンキーベイビーズをかければいいのかもしれません。でもそうすると、その時代から離れられない物語になってしまいます。あまり限定的になりすぎないよう、ある程度長く語り継がれる音楽や作品を意識して取り入れました。地名に関しても、下北沢や高円寺に行ったことがなくても、身近な場所に置き換えて想像できるよう気を遣ったつもりです。せっかくこの本が全国の書店に届くなら、その書店のある町を感じられる物語にしたいと思ったので」

構成・文/野本由起

(後半は7月11日公開予定)

関連書籍

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

2021年12月、北村匠海主演で映画化決定!! 9万部突破の話題作、早くも文庫化。 明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。 世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、“こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。 それでも、振り返れば全てが、美しい。 人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

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