「詩を作ってメロディにする以外に、彼には信じるものがなかったんだ。書くことによってしか救われなかったから、あれだけ切ない人の胸を打つメロディラインや詩ができるんですよ。本人は信じられなかったわけですね。真実とか真心とか永遠とか愛を。そういう男は、必然的にいつも孤独だよ…」
新宿の雑踏のなかで体内に戦慄が走った。男は歩みを止めた。レコード店から流れていたのは『シェリー』という曲だった。その後、同じように胸を抉られた『スクランブリング・ロックンロール』という曲も、同じ青年が歌っていることを知った。尾崎豊というその青年は、自ら曲を作り、詩を書いていることもわかった。本能的に男は、将来自分は必ずこの青年と活字で仕事をする、そう思った。男の仕事のやり方はいつもそうだった。自分を感動させてくれた人と仕事をしたいと願う。早速、事務所に連絡をとる。「あなたで7社目のオファーだ」と言われた。7社目だろうと何だろうと僕は仕事したいんだ、と男は思った。青年の曲を自宅で聴きつづけ、通勤電車の往復時にも仕事で外出するときもずっとウォークマンで聴きつづけた。人の迷惑もかえりみず、『野性時代』という雑誌の編集部内でもガンガン音を鳴らしつづけた。
「すると、やっぱり通じるもんでさ。事務所が一度会わせてくれるっていうわけ。で、今でも忘れないけど六本木の『和田門』というステーキ屋に席を用意した。高級な、舌がとろけるようなステーキ屋でさ、俺は気張ったわけですよ。彼は若いから肉もたくさん食いたいだろうな、美味い肉を食わしてやろうってね。会社(の経費)では落とせないなと思いながら、大枚はたいたよ(笑)。現れたのは非常に白皙の青年で、初めのうちは極端に無口だった。まだ18歳だったと思うんだけど、そのうち慣れてきたからかなり饒舌になってね。彼を刺激する言葉を吐けなければ、彼は俺とは絶対に仕事をしないだろうと思っていたから、曲について詩について、相当突っ込んだ話をしたんだよね。店を出る時には雨が降っていたんだけど、彼<ちょっと待ってください、見城さん>と言って道路に出てタクシーを止めてくれたんだ。そこから付き合いが始まった……。そうこうしているうちに俺より先にオファーしていた出版社を全部すっ飛ばして、俺と仕事をするって決めてくれたんですよ」