加害者臨床の場でも問われる「性的同意」の重要性
アダルトコンテンツの取り扱い方と同様に、家庭内で親から子に伝えておくべきことは、「性的同意(セクシュアル・コンセント)」の概念です。ここでは、過去に私が担当した小学校高学年の男子のケースを紹介します。
小学校高学年・A君のケース
都内の小学校に通うA君は、クラスメイトのBさんと互いに好意を抱いていた。ふたりが一緒に下校したり、お互いの家に行く仲睦まじい様子はたびたび周囲にも目撃されていたという。
やがて学校の休み時間や放課後には、彼らは人気(ひとけ)のない教室でふたりきりで過ごす時間が増え、次第にA君はBさんの胸を触ったり、下着に手を入れたり、性器に指を入れたりするようになった。それに対してBさんはとくになにも言わなかったため、A君はその行為を日常的に繰り返した。
しかしある日、彼の自宅を警察が訪れた。A君に繰り返し触られることに悩んだBさんが親に相談し、被害届が提出されたのだ。
その後、彼は少年鑑別所に送られ、家庭裁判所の審判までの時間を、通院を継続しながら過ごしている。
取り調べの際、A君はしばらく「なんでこんな大騒ぎになったのかわからない」と繰り返し語っていたそうです。そして、「男の人が女の人を触るのはYouTubeで知ったので、それをマネしてみた。動画では続けているうちに女性が気持ちよさそうにしていた。Bさんはなにも言わなかったから、嫌がっているとは全然思わなかった」とも話しています。
彼は「性的同意」という概念が存在することすら、もちろん知りませんでした。
性的同意とは、性的な行為をする際、あいまいにせずにお互いの意思を確認することです。性的な行為への参加には、お互いの「したい」という積極的な意思表示があることが大切です。お互いの意識確認ができていない、性的同意が得られていない性行為が性暴力や性被害につながることがあるからです。
アクションを起こしたほうが同意を得るのが基本で、2018年7月、スウェーデンでは明確な同意のない性行為はレイプとする改正法が成立し、日本でも近年、性的同意について積極的な議論が見られるようになりました。
京都市男女共同参画センター「ウィングス京都」が作成した、性的同意に関するチェックリストも参考にしてみてください。
話を少年の例に戻すと、この場合、A君はBさんの性的同意を得られていません。
Bさんが「イヤだ」と言っていなかったからといって、A君に自らの身体のプライベートゾーンを触られることを許可したわけではありません。一緒にいてなにも言わなかったのは、Bさんが「嫌われるのがこわい」「関係がこじれたくない」「断ったら逆上されるかもしれない」と考えたからかもしれません。しかも誰が見ているかわからない学校です。
身体的な安全領域に無許可で侵入されることは、それだけで恐怖を感じるものです。性被害に遭っている女性には、恐怖で心身が麻痺したように動かなくなる「フリーズ」と呼ばれる現象が起こるケースがあることは、すでに多くの事例から証明されています。
しかしA君は「Bさんが『やめて』と言わなかった」ということを触ってよい理由としてしまったのです。ひょっとしたら「つき合っていれば、性的な行為をするのは当たり前だ」とも考えていたかもしれません。
また、YouTubeは比較的規制が厳しい動画プラットフォームだと思われていますが、A君はその動画で得た知識を鵜呑みにして、Bさんを相手に性的接触を繰り返してしまいました。私がA君との面談で性的同意について詳しく話してみたところ、A君は内容を理解した様子で「こういう知識がちゃんとあれば、あんなことしなかったと思います」と語っていました。
恋愛関係においては、手をつなぐ、ハグやキスなど、順序を追って肉体関係を深めることもこの機会にはじめて知ったと言いました。Bさんの負った心の傷も深刻ですし、A君も正しい知識を教えられなかったゆえに加害者となってしまいました。そういう意味では、どちらにとっても不幸な事件だったといえます。
性的同意は、なにも性行為や性犯罪の文脈だけでなく、人と人との関係性の問題から始まる「誰にとっても必要な人権」です。そしてこれも、親が子に家庭内で教えるべき大切なテーマです。性教育といっても、セックスについてだけ教えるわけではないのです。
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