そば屋なのに誰もそばを頼まない
久住 何を選ぶか、何をうまいと感じるかなんて、本当に人それぞれ。他の人はあまりピンとこない店なんだけど、俺にとってはコレがうまい、なんてことはいくらでもあるはずだから。
よく行っていたお店が代替わりして、味が落ちたんじゃなくて、前よりもおいしくなった。だけど、自分からすると何か違うんだよなぁ……みたいな感性。僕が書きたいのはそんな矛盾とかなんですよね。
結局、いろいろ失敗してナンボみたいなところはある。その時はイヤなんだけど、後で思い返して、誰かに話したりすると一緒に笑えるのは、たいていそういう話ですから。たとえば、うまいフグを食って、それを誰かに話しても「へぇ、いいなぁ。羨ましいなぁ」で終わりでしょ? 面白いのは食に関する失敗談なんですよ。
大根 食べ物に対する他人の評価なんてあまりアテにならないもの。それより、食べることに絡めた失敗エピソードのほうが共感しやすかったりしますよね。
久住 それから、B級グルメ、C級グルメっていうのを愛でているわけでもない。それって、もはやジャンルじゃないですか。B級って枠に入れて安心して食べるという。枠に収まらなくて、判断できずに困ってしまう……みたいなところに面白いドラマはある。僕にとってのA級が、アナタにとってはC級だったりする。そこのところの感覚が面白い。ジャンルに分けると鈍感になる。
大根 メニュー選びの失敗も面白いですが、その店の従業員とか料理人の人間性が見え隠れする瞬間とかも面白いですよね。「この店うまいんだけど、何か感じ悪いんだよなぁ。でも、自分にとってはそんなにイヤじゃないから、つい行ってしまう」みたいな。あと、俺がよく行くそば屋は、そばがメチャメチャまずいんだけど、それ以外の料理はメチャメチャうまい(苦笑)。たいていの客は居酒屋として使って、誰もそばを頼まないんです。で、店主が「いいかげんそばを頼んでくれよ。ウチはそば屋だぞ!」なんてブツブツ言ってる。
久住 そうそう、そういう店主の密かな葛藤とか!