「ストレスでうつ病になる」は本当か?
村松 そういう言い方もできますね。もちろん法廷にはそれにきちんと反対する医師の意見も出されるのですが、世の中が「ストレスでうつ病になる」という流れなので、そちらのほうが裁判官にも納得されやすい。
斎藤 今はメンタルヘルスの重要性がしきりに言われているわりには、パワハラが減ったようには見えないし、ブラック的な体質も抜けないなど、メンタルヘルス的な配慮が企業社会に普及しないですよね。それに対するカウンターだと考えると、言いがかりのようなうつ病訴訟が増えるのも仕方がないのかもしれない。企業体質がなかなか変わらない状況の中では、一定の意味があると言えるでしょう。訴訟リスクを考えたら、企業はきちんと社員のメンタルヘルスに配慮しなければいけない。
村松 ただし私の印象としては、きちんと社員のメンタルヘルスを考えている企業ほど、逆に腰が引けちゃって、訴訟リスクを考えすぎているように感じます。いわゆる「ブラック企業」は、そんなこと気にしていないように見える(笑)。
斎藤 どうして鈍感なままでいられるんでしょうね。それが一番の謎なんですよ。敗訴したら、かなり大きなダメージを受けますから。中小企業の場合、そのせいで経営が成り立たなくなってもおかしくない。それでも社員のメンタルヘルスに無頓着なのは、「一か八か」なんでしょうかね。あるいはヤンキー体質なのか(笑)。
村松 裁判で負けると思ってないのかもしれないですね。
斎藤 いずれにしろ、曖昧なボーダーを広げないようにするには、医師の啓蒙も重要だと思います。たとえば、うつ病が約10年間で2倍になったという統計がありますよね。これは、「うつは心の風邪」みたいな製薬会社の宣伝に医者が乗ることで増えてしまった部分が多いと思います。その背景には、「治療=薬物」という図式がある。つまり、精神医療が薬物に依存しているんです。「これはうつ病じゃないから診ない」と言う医師の多くが、「私は精神療法ができませんから」と言ってるように私には聞こえてしまうんですよ。薬物療法以外の選択肢はいっぱいあるのに、なぜかそれはあまり考慮されず、「薬物療法の適応でない患者は治療ができない」という“常識”が定着している感がある。こういう日本の精神医療の遅れが、結果的にうつ病患者の増大を招いているのではないでしょうか。
村松 薬物に頼りすぎというご指摘はそのとおりですが、日本の精神医療が国際的に見て遅れているかどうかは、何とも言えないと思います。たとえばアメリカは日本より選択肢が多いかもしれませんが、お金がモノを言う。お金を払える人しか、いろいろな治療を受けられないわけです。その点で比べると、日本の医療は世界的には水準が高い。
斎藤 それはそう思います。アメリカはお金が物を言うし、一方で医療費が無料のイギリスは、患者が数ヶ月とか数年とか待つ期間が長いなど、アクセシビリティが悪い。ただ、イギリスが掲げる理念やガイドラインには尊重すべきところがあると感じます。イギリスのNICEガイドラインでは、「初期の軽症のうつ病には薬は出さない」と明確に打ち出してますよね。薬物を使わずに、禁煙や禁酒など生活習慣の指導から始める。これは日本も参考にできると思うんですよ。生活習慣の改善やカウンセリングを含めた精神療法の導入などが、もう少し広まったほうがいい。たしかに日本の患者だけが不幸だとは私も思いませんが、まだ改善の余地があるのではないでしょうか。
村松 おおむねおっしゃる通りだと思いますが、うつ病をひとまとめにして、内因性うつ病でも「軽いから薬は出さない」となるのは、非常に危険だと思います。内因性のうつ病とそうじゃないものをきちんと分けて、薬が必要な患者には、たとえ軽くても最初から出すべきでしょう。
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