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* * *
コンビニの前で佇む制服姿の彼女。彼女を一人にはできない!
早川満雄は、ある雨の日、仕事帰りに寄ったコンビニで傘がないのか軒先にいつまでも立ち続ける彼女に出会った。
満雄はたまらず声をかけるが──。
* * *
1
彼女と出会ったのは、雨の降る中、仕事帰りにコンビニに寄った夏のある夜だった。
セーラー服姿の彼女はポニーテールにしており、傘がないのか、コンビニの軒先にぽつんと突っ立っていた。虚無の眼差しで降りしきる雨の銀幕を眺めている。
早川満雄は彼女を横目で見た後、雨粒が滴る傘を傘立てに差してコンビニに入店した。週刊漫画雑誌を立ち読みする。給料日前だから財布に余裕がなく、気になっている連載漫画の続きだけを読んだ。
カップ焼きそばとから揚げ弁当、ウーロン茶、栄養ドリンクを購入し、店を出る。
店内には15分ほど滞在したが、彼女は相変わらず軒先にたたずんでいた。よく見ると、雨に濡れたセーラー服が透け、下着の色が浮き出ていた。
本能的に彼女の肢体に目が吸い寄せられる。
盗み見がバレないよう、スマートフォンを取り出してメールの確認でもしているように装った。そんな自分に呆れた。
最近は仕事が忙しくて溜まっているな──。
さっさと帰って元気が残っていたら、一人で解消するか。
まばらな客がコンビニに出入りする際、彼女をちらちら横目で窺っている。だが、わけありだと察してか、声をかけたりはせず、完全に無視していた。
店にやって来る人間の靴音が近づいてきても視線を全く上げないあたり、待ち合わせのようには見えない。
満雄は傘を抜き取り、広げて雨の中に踏み出した。だが、駐車場を出るところで立ち止まり、振り返った。一瞬、彼女が視線を上げてこちらを見た気がした。
躊躇したものの、満雄は意を決してコンビニへ戻った。彼女のもとへ歩いていく。
「あのう……」
思い切って声をかけた。
うつむき加減の彼女の濡れ髪が顔の半分を隠している。
「大丈夫──?」
彼女が地面に視線を流した。水溜まりが雨粒に破られ、無数の波紋が生まれるさまを見続ける。
気まずい沈黙が続いた。
満雄は今度は軽い調子で話しかけた。
「……傘は?」
また無視されるかと思ったが、彼女はうつむいたまま口を開いた。
「財布を持たずに出てきたから……」
「傘、買ってこようか?」
彼女はポニーテールを振り乱すようにかぶりを振った。
「家に帰りたくなくて」
彼女は下唇を嚙んだ。暗く澱んだ瞳が印象的だった。吹きすさぶ雨風が彼女のソックスを濡らしている。
満雄は夜の闇が延びる道路を見つめた後、彼女に向き直った。また何秒か沈黙があった。
そして──。
「もう死にたい……」
雨音に搔き消されそうなほどか細い声で彼女がつぶやいた。
──死にたい?
厄介な話に首を突っ込んでしまったかもしれない──と一瞬、後悔が頭をよぎった。
互いに黙り込んだ。その分、周囲に広がる大雨の音が大きくなった。
話しかけておきながら、それじゃ、と素っ気なく別れを告げてそそくさと立ち去る行為に罪悪感を覚える。見捨てるなら最初から声などかけるべきではない。親切心と後悔がせめぎ合う。
言葉はなく、しばらくただそこに立っていた。雨宿りしていても、横殴り気味の雨粒が彼女のセーラー服をさらに濡らしていく。
彼女が体を搔き抱き、身を縮こまらせた。濡れた体が震えている。
「寒い……」
ほとんど独り言で、ぽつりと漏れた言葉だった。
彼女が顔を上げた。濡れ髪を指先で耳の後ろに搔き上げると、顔立ちがあらわになった。
満雄ははっとして彼女の顔をまじまじと見つめた。彼女が気まずそうに顔を背けた。
「あっ、いや──」
言いよどんだことで言いわけがましく聞こえたかもしれない。
最近は女性の外見に触れたらセクハラになる。否定的な言葉はもちろん、褒め言葉でさえも。会社で全社員に対して行われたセクシャルハラスメント講習で、講師から厳しく注意された教えが脳裏に蘇る。セクハラよりパワハラを問題にしてくれよ──と当時は苦々しく思ったものだ。
しばらく居心地が悪い間が続いた。
コンビニから出てきた若い金髪の男女がいぶかしげな一瞥を向け、何やらひそひそと囁き交わした。
他人の視線が気になる。冷え切った体が羞恥で火照ってくるのが分かった。
雨はますます激しくなっていた。
「アパート──来る?」
彼女が「え?」と驚いた顔を上げた。無言で見つめ合う間があった。
素っ気なく言ったが、内心では動揺があり、心臓も若干駆け足になっていた。
今さら冗談だったと手のひらを返して笑うには、女性との付き合いがなさすぎた。モテないと自覚しているから、同年代の異性には苦手意識があり、避けていた。何も期待しなければ失望させられることも傷つくこともない。
だが、今は──。
満雄は沈黙に耐えかねて口を開いた。
「すぐ近くだし、タオルも貸せるから……」
彼女の眉に逡巡が表れた。その反応を目の当たりにして余計に恥ずかしくなり、慌ててまくし立てるように付け加えた。
「ここ、深夜になると暴走族の溜まり場になるし、そんな恰好で立ってると……」
不安がらせるつもりはなかったが、事実だ。先週はコンビニに晩飯を買いに来て運悪く連中と鉢合わせし、絡まれた。胸倉を摑まれ、一万円札を差し出して解放された。
「どうしてそんなに親切にしてくれるの?」
「どうしてって──」
その悲愴感漂う姿があまりに目を引いたから──とは言いにくかった。恋愛経験が豊富ならきっと気負わず爽やかな台詞を返すのだろう。
彼女が求めている答えは何だろう。
「……放っておけなくて……というか……」
漫画で見たような言葉で辛うじて答えた。
「狭いし散らかってるけど、雨宿りならこんな店の前よりましだと思うし……」
拒絶されたらどうしよう。もし嫌悪の表情を返されたら──。
良かれと思って提案しただけだったが、いざ口にしてみると断ってほしくないという不思議な気持ちが生まれた。
一秒が十秒にも思え、不安に押し潰されそうになった。
そのとき──。
彼女は儚げだが、初めて笑みを見せた。その表情に一瞬、心臓がどくんと脈打った。
彼女はうな垂れたまま小さくうなずいた。
来るってこと──?
反射的に確認しそうになり、言葉をぐっと呑み込んだ。必死感が伝わったら警戒されるだろう。
「少し濡れるかもしれないけど」
満雄は傘を差し出した。彼女のほうが15センチほど背が低いから、傘は少し短めに持った。
傘に入るために寄り添った彼女の肩が二の腕に触れる。相合傘は今までの人生で一度もしたことがなく、胸が高鳴った。傘に弾かれる雨音よりも、自分の心音のほうが大きいのではないか。
満雄は真っすぐ前方を見据えた。彼女を意識しないように努めた。
共に無言で住宅街を歩いていく。
立ち並ぶ邸宅。駐車された車。等間隔で並ぶ電信柱──。全て雨の銀幕にけぶり、黒い影と化して滲んでいる。
「俺、早川満雄」
名乗ると、彼女も答えた。
「私は綾瀬春子。学校に行ってたころは、友達から“春ちゃん”って呼ばれてた」
「はるちゃん……」
彼女は少し考えるような表情を見せた後、突然顔を明るませ、手をパンと叩いた。
「じゃあ、あなたはみつ君ね」
満君──。
そんな可愛らしく呼ばれるような歳でもないのに──とむず痒さを覚え、満雄は照れ笑いを返した。
人生において、異性からこのように親しみを込めて呼ばれた経験がない。
肩を寄せ合って歩くと、築25年のアパートに着いた。二階建てで、錆びた鉄製階段がある。
「俺の部屋は203号室」
春子が「うん……」とうなずいた。
こういうのは何かの犯罪になるだろうか──と満雄は少し考えた。成人と未成年だと法に触れた気もする。
だが──。
本人が望んだ自発的な行動なら罪にはならないはずだ。そもそも、ただ雨宿りできる部屋を一時的に提供するだけなのだから。
一緒に階段を上り、203室の前に来た。傘を折り畳んで軽く雨粒を払い、ズボンのポケットから鍵を取り出した。鍵穴に差し込み、ドアを開ける。
「どうぞ」
満雄は春子を部屋に招じ入れた。
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