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「なぜ逮捕されたか分かるよな? 強制性交だ。17歳の未成年者への」
担当刑事の能嶋は、スチール製のデスクに手のひらを叩きつけた。
火薬の破裂を思わせる音が弾けた後、取調室に重苦しい沈黙が降りてきた。
「未成年者への性行為はそもそも淫行だ。いい歳して、子供相手に何してるんだ?」
「同意が……」
ぼそりとつぶやかれた台詞。
「何だって?」
能嶋は耳を寄せるようにした。
「相手も同意していました。望んでいたんです」
「向こう側の親御さんが訴えてるし、本人も否定してる。『その場の雰囲気に流された……』ってな」
「でも!」彼女が声を上げた。「彼は私に好意を持っていたんです!」
強制性交容疑で逮捕されている綾瀬春子は、縋るような眼差しを見せていた。
「相手は17歳の少年だ。高校を中退して、もう社会に出て働いてるからといって、未成年には違いない」
春子は悄然と肩を落とし、うな垂れた。
被害少年──早川満雄の母親が警察に通報し、事態が発覚した。
「満君は──こんな私に優しくしてくれたんです」
「それが何の免罪符になる?」
「お母さんは料理も作ってくれなくて、私は放置されていて、コンビニで食べ物を買うお小遣いだけ渡されて──」
「お小遣い?」能嶋は呆れてかぶりを振った。「あんたはもう40だろ」
「年齢のことは言わないでください……」
「世間一般で40って言ったら、みんな自立して働いて、自分のお金で生活してる。その点、あんたは気楽なもんだな。実家暮らしで、親のお金に甘える生活か。最近、話題の“子供部屋おじさん”──いや、あんたの場合は“子供部屋おばさん”か?」
春子の顔が引き歪んだ。
「侮辱しないでください……」
「そんなこと言える立場か? 自分が性犯罪を犯した自覚があるのか、あんた」
「私の話を──聞いてください」
今にも消え入りそうな声だった。
能嶋は顎を持ち上げ、話してみろ、と態度で示した。
彼女はわずかに躊躇を見せたものの、苦渋が滴る声でぽつりぽつりと語りはじめた。
「うちの親は最悪なんです。お父さんは脳梗塞になってから自分で生活できなくなって、私とお母さんが世話──っていうか、介護していました。認知症を患ったせいで、怒りっぽくもなって……」
彼女の父親は74歳だという。高齢なので、脳梗塞や認知症を発症しても不思議はないだろう。
「病気のせいだって分かっていても、怒鳴られたら腹が立つし、命令されたら反発したくなるし……。それでも、ご飯の用意をして、食べるのを手伝って、おかわりを求められたら従って、テレビのチャンネルを変えてあげたり──。自分で生活できないお父さんの代わりに全部してきたんです」
「……で?」
「でも、お母さんはお母さんで、私のことは放置で、お父さんの介護も手伝うことが当然だ、って態度だし、不満を言っても、養ってあげてるんだから文句を言うな、って……」
「大の大人が実家暮らしで養われているほうがおかしいだろ。親も文句の一つくらい言いたくなる」
「別に今時、珍しくないと思います……」
「それでストレスが溜まったから、40にもなってセーラー服なんか着て、若い男漁りか?」
「違います……」
「違わないだろ」
「そんなんじゃないんです。私は高校時代が一番輝いていて、好きで……落ち込んだときは、制服を着たら元気になるから、それで……」
「自分の年齢を直視できなかったんだろ。若返った気になって、未成年に手を出した。40のおっさんが女子高生の部屋に上がり込んで、襲ったら、どう思う? そんな性犯罪者は去勢しろ、と思わないか? あんたは同じことをしたんだよ」
春子は再びうな垂れた。
被害者の少年はわりと整った顔立ちだった。野球部員のように地肌が透けるほどの短髪だったが、髪を伸ばせばそこそこモテる風貌に化けるのではないか。目の前の冴えない外見の中年女性とは明らかに釣り合っていない。
彼女は一呼吸置いてから、供述を再開した。その声は打ち沈んでいた。
──いい歳してそんなみっともない恰好して。
高校時代のセーラー服を着ている彼女に母親が言い放った一言が引き金となり、口論になった。そして──衝動的に家を飛び出し、大雨が降りしきる中、コンビニの軒先で雨宿りした。店内に入ると、店員や客から奇異な眼差しを向けられ、居心地が悪くなったという。
「当然だろう。セーラー服を着た中年の女がやって来たら、誰だって不審者のように見る」
「偏見です、そんなの……」
「現実だ」
雨宿りしていると、被害少年に声をかけられた。濡れそぼったセーラー服姿の女にも変人を見るような目を向けず、純粋に心配してくれたという。
「最初は女子高生だと思って話しかけてきたと思います。でも、私が顔を上げて目が合ったとき、そうじゃないって気づいたはずです。それなのに態度を変えませんでした。私の年齢を聞いた後も──。彼の厚意が嬉しくなって、アパートまで付いていきました。それから手料理を作ってあげたりして、世話を焼いて、一緒に暮らすようになりました」
彼女の独白は続いた。
「料理を作って母親のお弁当を連想されたときは、悪気はないと分かっていても、少し傷つきました。年齢差を思い知らされて。でも、彼はこんなおばさんにも本当に優しくて……。どんどん惹かれていきました。そういう生活が憧れだったんです。料理を覚えたのは3年前でした。引きこもりの四十路女じゃ異性に見向きもされなくなって、少しでも男の人に好感を持ってもらえる強みが欲しかったんです。それで覚えたんです。それくらいなかったら、若くて綺麗な女性たちにはとても敵わないから……。結婚生活への憧れを口にしたとき、彼は『春ちゃんなら叶うよ、きっと』って言ったんです。それはどこか他人事めいていて、ああ、やっぱり私とはそういう連想はしないんだな、って気づきました。その日です、彼と寝たのは。不安に押し潰されそうで、確かな繋がりが欲しくて……」
ベッドの中で17歳の少年に性経験がないことを告白されると、その無垢さに愛おしさが込み上げ、感情のまま行為に及んだという。
──そんなの、別に珍しいことじゃないよ。
早熟な中高生も多く、性が乱れていると言われがちな昨今だが、17歳なら決して経験が遅いとは言えない。
未成年の少女への淫行で逮捕されている成人男性のニュースは見知っていたものの、自分たちとは状況が違う、と思い込んでいたという。
彼女は少年と結ばれ、幸せを実感していたらしい。だが、息子の様子を見にアパートまでやって来た彼の母親は、部屋に出入りしている同年代の女の姿を目撃した。ただならぬ関係だと察し、警察に通報したのだ。
「……満君は私を救ってくれたんです。彼も私に好意を持ってくれていました。親の手前、否定するしかなかったんだと思います。本人と話をさせてください」
「本人の意思がどうとか関係ないんだよ。未成年に手を出した時点で罪だ」
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。人生で唯一の希望の糸が断ち切れてしまったかのように──。
「私は──」春子は縋るような口調で言った。「そんなに罪なことをしたんでしょうか?」
あまりに思い詰めた口ぶりだったので、能嶋は何も答えられなかった。
<おわり>
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