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逆転正義

2023.08.26 公開 ポスト

コンビニ前で佇む制服姿の彼女を放っておけない - オチまで全文公開!ミステリ短編「保護」 ~下村敦史『逆転正義』より下村敦史(作家)

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「なぜ逮捕されたか分かるよな? 強制性交だ。17歳の未成年者への」

担当刑事の能嶋は、スチール製のデスクに手のひらを叩きつけた。

火薬の破裂を思わせる音が弾けた後、取調室に重苦しい沈黙が降りてきた。

「未成年者への性行為はそもそも淫行だ。いい歳して、子供相手に何してるんだ?」

「同意が……」

ぼそりとつぶやかれた台詞。

「何だって?」

能嶋は耳を寄せるようにした。

「相手も同意していました。望んでいたんです」

「向こう側の親御さんが訴えてるし、本人も否定してる。『その場の雰囲気に流された……』ってな」

「でも!」彼女が声を上げた。「彼は私に好意を持っていたんです!」

強制性交容疑で逮捕されている綾瀬春子は、縋るような眼差しを見せていた。

「相手は17歳の少年だ。高校を中退して、もう社会に出て働いてるからといって、未成年には違いない」

春子は悄然と肩を落とし、うな垂れた。

被害少年──早川満雄の母親が警察に通報し、事態が発覚した。

「満君は──こんな私に優しくしてくれたんです」

「それが何の免罪符になる?」

「お母さんは料理も作ってくれなくて、私は放置されていて、コンビニで食べ物を買うお小遣いだけ渡されて──」

「お小遣い?」能嶋は呆れてかぶりを振った。「あんたはもう40だろ」

「年齢のことは言わないでください……」

「世間一般で40って言ったら、みんな自立して働いて、自分のお金で生活してる。その点、あんたは気楽なもんだな。実家暮らしで、親のお金に甘える生活か。最近、話題の“子供部屋おじさん”──いや、あんたの場合は“子供部屋おばさん”か?」

春子の顔が引き歪んだ。

「侮辱しないでください……」

「そんなこと言える立場か? 自分が性犯罪を犯した自覚があるのか、あんた」

「私の話を──聞いてください」

今にも消え入りそうな声だった。

能嶋は顎を持ち上げ、話してみろ、と態度で示した。

彼女はわずかに躊躇を見せたものの、苦渋が滴る声でぽつりぽつりと語りはじめた。

「うちの親は最悪なんです。お父さんは脳梗塞になってから自分で生活できなくなって、私とお母さんが世話──っていうか、介護していました。認知症を患ったせいで、怒りっぽくもなって……」

彼女の父親は74歳だという。高齢なので、脳梗塞や認知症を発症しても不思議はないだろう。

「病気のせいだって分かっていても、怒鳴られたら腹が立つし、命令されたら反発したくなるし……。それでも、ご飯の用意をして、食べるのを手伝って、おかわりを求められたら従って、テレビのチャンネルを変えてあげたり──。自分で生活できないお父さんの代わりに全部してきたんです」

「……で?」

「でも、お母さんはお母さんで、私のことは放置で、お父さんの介護も手伝うことが当然だ、って態度だし、不満を言っても、養ってあげてるんだから文句を言うな、って……」

「大の大人が実家暮らしで養われているほうがおかしいだろ。親も文句の一つくらい言いたくなる」

「別に今時、珍しくないと思います……」

「それでストレスが溜まったから、40にもなってセーラー服なんか着て、若い男漁りか?」

「違います……」

「違わないだろ」

「そんなんじゃないんです。私は高校時代が一番輝いていて、好きで……落ち込んだときは、制服を着たら元気になるから、それで……」

「自分の年齢を直視できなかったんだろ。若返った気になって、未成年に手を出した。40のおっさんが女子高生の部屋に上がり込んで、襲ったら、どう思う? そんな性犯罪者は去勢しろ、と思わないか? あんたは同じことをしたんだよ」

春子は再びうな垂れた。

被害者の少年はわりと整った顔立ちだった。野球部員のように地肌が透けるほどの短髪だったが、髪を伸ばせばそこそこモテる風貌に化けるのではないか。目の前の冴えない外見の中年女性とは明らかに釣り合っていない。

彼女は一呼吸置いてから、供述を再開した。その声は打ち沈んでいた。

──いい歳してそんなみっともない恰好して。

高校時代のセーラー服を着ている彼女に母親が言い放った一言が引き金となり、口論になった。そして──衝動的に家を飛び出し、大雨が降りしきる中、コンビニの軒先で雨宿りした。店内に入ると、店員や客から奇異な眼差しを向けられ、居心地が悪くなったという。

「当然だろう。セーラー服を着た中年の女がやって来たら、誰だって不審者のように見る」

「偏見です、そんなの……」

「現実だ」

雨宿りしていると、被害少年に声をかけられた。濡れそぼったセーラー服姿の女にも変人を見るような目を向けず、純粋に心配してくれたという。

「最初は女子高生だと思って話しかけてきたと思います。でも、私が顔を上げて目が合ったとき、そうじゃないって気づいたはずです。それなのに態度を変えませんでした。私の年齢を聞いた後も──。彼の厚意が嬉しくなって、アパートまで付いていきました。それから手料理を作ってあげたりして、世話を焼いて、一緒に暮らすようになりました」

彼女の独白は続いた。

「料理を作って母親のお弁当を連想されたときは、悪気はないと分かっていても、少し傷つきました。年齢差を思い知らされて。でも、彼はこんなおばさんにも本当に優しくて……。どんどん惹かれていきました。そういう生活が憧れだったんです。料理を覚えたのは3年前でした。引きこもりの四十路女じゃ異性に見向きもされなくなって、少しでも男の人に好感を持ってもらえる強みが欲しかったんです。それで覚えたんです。それくらいなかったら、若くて綺麗な女性たちにはとても敵わないから……。結婚生活への憧れを口にしたとき、彼は『春ちゃんなら叶うよ、きっと』って言ったんです。それはどこか他人事めいていて、ああ、やっぱり私とはそういう連想はしないんだな、って気づきました。その日です、彼と寝たのは。不安に押し潰されそうで、確かな繋がりが欲しくて……」

ベッドの中で17歳の少年に性経験がないことを告白されると、その無垢さに愛おしさが込み上げ、感情のまま行為に及んだという。

──そんなの、別に珍しいことじゃないよ。

早熟な中高生も多く、性が乱れていると言われがちな昨今だが、17歳なら決して経験が遅いとは言えない。

未成年の少女への淫行で逮捕されている成人男性のニュースは見知っていたものの、自分たちとは状況が違う、と思い込んでいたという。

彼女は少年と結ばれ、幸せを実感していたらしい。だが、息子の様子を見にアパートまでやって来た彼の母親は、部屋に出入りしている同年代の女の姿を目撃した。ただならぬ関係だと察し、警察に通報したのだ。

「……満君は私を救ってくれたんです。彼も私に好意を持ってくれていました。親の手前、否定するしかなかったんだと思います。本人と話をさせてください」

「本人の意思がどうとか関係ないんだよ。未成年に手を出した時点で罪だ」

彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。人生で唯一の希望の糸が断ち切れてしまったかのように──。

「私は──」春子は縋るような口調で言った。「そんなに罪なことをしたんでしょうか?」

あまりに思い詰めた口ぶりだったので、能嶋は何も答えられなかった。

<おわり>

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関連書籍

下村敦史『逆転正義』

『同姓同名』が中国でベストセラー、TikTokで話題、中学生ビブリオバトルでチャンプ本に!どんでん返しの名手によるエンタメミステリ短編集。どんでん返された数が多ければ多いほど、あなたの頭は凝り固まってる!常識とか普通とか思い込みとか。まっさらにして読んでみてください。

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下村敦史 作家

1981年京都府生まれ。2014年『闇に香る嘘』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。数々のミステリランキングで評価を受ける。15年「死は朝、羽ばたく」が日本推理作家協会賞(短編部門)の、16年『生還者』が日本推理作家協会賞(長編及び連作短編部門)の候補に、『黙過』が第21回大藪春彦賞の候補となる。ほか『絶声』『法の雨』など幅広いジャンルで著書多数

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