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ヒビコレセーフ! ヒビコレアウト?

2014.08.20 公開 ポスト

最終回

「スーパーガールにおまかせ☆」は、アリか?ナシか?水無田気流

女性と能力をめぐる呪い

 ゆるく社会のよしなしごとについて綴ってきた本連載も、めでたく今回が最終回である。おつきあいいただいた読者のみなさまには、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。そして、このゆるい書き方をお許しいただいた、「幻冬舎plus」スタッフのみなさまにも……本当に、どうもありがとうございました(合掌)。

 平素、執筆に無駄に手間暇をかけてしまい、ついでにモンスターや仲魔や野球選手やスパルタンを育ててからでないと書けない自分の能力不足とゲーマー属性を呪いつつ、「アナと雪の女王(以下、アナ雪)」を見て、確信した。これは、女性と能力をめぐる呪いを解かんとする物語である、と。とりわけ、エルサのような超自然的能力をもつスーパーガールにとって、この呪いはかくも重い……。

 以下、激しくネタバレを含むので、お嫌な方はどうぞご注意ください。

 同作は冒頭、氷を切りだす職人たちの労働歌から始まっている。この「労働」と「それを可能にする能力」とが、エルサと氷職人の男たちの間では非対称的に描かれている点が興味深い。その職人たちの仕事に見とれていた少年・クリストフは、成長して氷職人になって現れる。クリストフが、エルサが初めて本気を出した氷の城を見て、脅えるアナとは対照的に、もっとよく見ようとするシーンは印象的である。「氷は俺のすべてなんだ!」と。

 「アナ雪」の原題「Frozen」が示すように、凍てつく氷や冬の寒さは、アレンデール王国の都市住民にとっては恐ろしいもの。でも、それを生活の糧とし、かつ森林や動物など「自然」と人間社会を行き来し媒介することができるクリストフにとっては、美しく素晴らしいものなのだ。一方、エルサにとっては、抑えようとして抑えきれず湧きあがる氷結力は、内なる自然の象徴であり、お姫様としては「異常」な能力である。それは創造性などとは見なされず、ひたすら隠すことが命じられる。周知のように、この点は主題歌Let It Goの英詞に端的に表現されている。

Don’t let them in, don’t let them see  
(誰も入れてはいけない、誰にも見られてはならない)
Be the good girl you always have to be
(いついかなるときもいい子でいなさい)
Conceal, don’t feel, don’t let them know
(隠しなさい、何も感じてはならない、誰にも知られてはいけない)

 隠せ、隠せ、とにかく隠してその能力があることすら意識に上らせてはダメ……という鉄壁さ加減なのである。少なくとも、両親を含め、エルサの周囲に彼女の能力を歓迎する者は一人もいなかった。それは、特権階層(=王位継承権を持つプリンセス)であるということの好ましさから来る禁止事項の多さと相まって、二重の意味で彼女を文字通り「凍りつかせて」行く。

 唯一まだ心の中に「社会」が入り込んでくる前の無垢なる妹・アナだけはエルサの能力を無条件に喜んでいた。だが、アナも例の事故でエルサの能力を忘却……。城から逃げる途上で、エルサが無意識のうちに雪だるまのオラフを作ったのは、もちろん偶然ではない。オラフはアナを喜ばせるため作ったもの。唯一エルサがその能力を見せて喜んでくれた相手であり、最初にしてほとんど唯一の共感者だったのだから。

 働くこと、自然へと働きかけ、その生成力と人間の社会を媒介すること。おそらくそれは、歴史を通じて普遍的に人間にとって重要なテーマであったに違いない。農地を耕し、魚や獣を採り、火を起こし、水路を引き、居住地を開き、住居を建て、生活を営み、そして次世代を生み育てること。これらはすべ人間の創造力の産物である。だが、社会はそのうちのいずれかを「正常」と見立て、それ以外を「異常」、ないしは表立って見せることは不適切と振り分けてきた。やがてそれは、自らの周囲の自然環境を統御する欲望へと向かい、人間の自然性を隠す方向へと進化してきた。文明とは、隠すことと見つけたり。衣服を身に着け、壁をめぐらせ、やがて生老病死の営みも、表立って喧伝されなくなっていった。

 その社会の中で「隠さねばならない部分」が、女性は男性よりも多いのである。なにしろ、女性の最も特徴的な能力といっていい「子どもを産む力」は、今日社会の表舞台では隠されるべきものなのだから。今なおこの能力が歓迎されるのは、ほぼ婚姻関係のある「いいご家庭」に属す子どもが産まれる場合に限られている。一方、避妊が基本の性教育や、妊娠したら仕事を辞めるのが暗黙の了解という企業風土、さらにはマタハラやベビーカー論争に至るまで、根底にあるのは、女性は産む力を社会の表舞台からは隠すべしとの考え方のように見える。

 一方、恋愛・結婚など私的な場では、仕事の能力を隠すこともまた、求められる。婚活市場でのアピールポイントは、どんなに責任ある素晴らしい仕事をしている女性でも、「実は家庭的」アピールが鉄板だという。これほど多様なライフスタイルや個性的な生き方が喧伝される昨今だというのに、「家庭的」属性の欠落した女性が結婚の門をくぐるのは、ラクダが針の穴を通るよりも困難なのだ。

 

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ヒビコレセーフ! ヒビコレアウト?

それっていいの? 正しい? 幸せになれる? 大丈夫―――!? どう判断していいのかわからない、日本の難問、日々の課題。気鋭の社会学者が予断を排してわけいります!

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水無田気流

1970年神奈川県生まれ。詩人、社会学者。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。立教大学社会学部兼任講師。著書に『無頼化する女たち』(亜紀書房)、『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』『平成幸福論ノート』(以上、田中理恵子名義、光文社)、『女子会2.0』(共著、NHK出版)など。詩人として『音速平和』で中原中也賞、『Z境』で晩翠賞も受賞している。
http://d.hatena.ne.jp/minashita/

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