短歌から始まり、小説の書き方のお話に発展してきた、加藤さんと岡本さん。
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登場人物は勝手に動き出すもの?
岡本 最後の「ツナマヨ丼──ふたりぼっち」はSFですけど、これだけちょっと違いますよね?
加藤 書いた順番は違うんですけど、これを最後に入れようというのは決めてました。ちょっと異質すぎるので。SFには憧れがあるんですけど、長いものだと絶対に矛盾点が出てきちゃうから、これくらい短いものでないと書けない。実験的にやらせてもらって、書きながら楽しかったです。
岡本 いろんなタイプの作品を入れよう、みたいな意識はあったんですか?
加藤 そこまでは考えてなくて。本当は「恋愛」「仕事」「家族」「友達」という四大テーマでどこかに当てはまるものが書ければなと思ったんですけど、「仕事」に苦労したんですよね。ちゃんと会社勤めをしていないしわ寄せですかね(笑)。だから『センチメンタルに効くクスリ』で芸人さんのパートを読めたのはすごくよかった。その仕事をしている人にとっては当たり前のことって、わざわざ話さないけど、他の人が聞いたら「え、何それ? どういうこと?」みたいなことって結構あると思うんですけど、それが読めて面白かったです。
岡本 僕は「カスタードドーナツ──私の仕事」が一番好きでした。「誰がやってもいい仕事ってさ、でも、誰がやっても同じ仕事ではないんだよ。ちゃんとその人に、はねかえってくるもんだから」というセリフ、ここがめっちゃ好きなんですよね! こういうセリフって、ストーリーありきなんですか? 誰かが言ってたとかそういうことなんですか?
水滴のように小さな仕事だけど
どこかで海につながっていく(加藤)
加藤 わかんない、言ってたらどうしよう……たぶん自分だと思います、私の記憶が間違ってなければ(笑)。でもセリフは、頭の中で音読してます。
岡本 登場人物はどういうふうに考えているんですか? 僕はお芝居とかも書いたりするんですけど、誰かをモチーフにして書いたりはしたことなくて。結局、自分のエッセンスが絶対どこかに入っちゃうんですよね。9割違う人にしようとしても、1割くらいはどんな登場人物にも自分が入っちゃうんです。加藤さんはどんなふうに考えているんですか?
加藤 実際に会った方をモチーフにすることもありますけど、原形は留めてないです。どんどん変えていくので、その方が読んでも自分のことかどうか、わからないくらいだと思います。
岡本 起承転結を決めてから書くんですか?
加藤『あなたと食べたフィナンシェ』くらいの短さの小説だったら決めちゃいますけど、もうちょっと長い、原稿用紙30枚くらいの短編小説なら、出だしと終わりだけ決めてます。出だしを書いて、早く終わりに行きたいなと思いながらやってます。
岡本 人物はどうやって作りますか?
加藤 もうちょっと長い中編、長編小説になってきたら、その人が好きな食べ物を考えます。作中には出さないこともありますけど、プロフィールで。やっぱり私、食べ物が好きなんですよ(笑)。本当に食い意地がすごいので。前に友人の作家から、登場人物の「食べ物にこだわる作家」と「衣服にこだわる作家」とに、タイプが分かれるって話を聞いたことがあって。私は完全に食べ物(笑)。
岡本 僕の場合、ストーリーを考えていると、登場人物が駒になっちゃうんですよね。そうすると、人間が動かないというか。人間が動くように書きたいんですよね。
加藤 そういう話だと、私すごく衝撃を受けたことがあって。以前、友人の作家から「こういう話を書いてるんだけど、主人公の子が好きな人に全然告白しなくて困ってるんだよね。告白してくれれば次のところが書けるんだけど。だから進まなくて」って言われて、「はあ? させりゃいいじゃん」って(笑)。たぶん、タイプが分かれるんですよね。私は全部チェスのように考えてずっとやってるので、そんな「勝手に動いてくれた」ってことはないです。原稿で「こうしよう」と思って全部決めてます。
岡本 僕、その「勝手に動いてくれる」というのにすごい憧れるんですよ。エッセイは僕が動いて、あったことを書いてるから臨場感が出るんですけど。
加藤 この間、読売文学賞の俳句部門で賞を取られた俳人の正木ゆう子さんが、スピーチで「こういったものが俳句になってくれて」っておっしゃったんです。それが衝撃で。自分で書いてるのに「なってくれて」って何? と思って!
岡本「なってくれた」こと、ないです(笑)。
加藤 それを聞いたあと、私、同席していた作家の友人たちに「『なってくれて』ってどういうことだと思う?『くれて』って何?」って騒いでいたんですよ(笑)。そのとき、俳句も書かれている、作家の長嶋有さんもいらっしゃったんですが、長嶋さんも「確かにそういう感覚を持つ人はいるかもしれない。自分のことではなく、自然や光景というものを取り入れる俳句は余計に」ということをおっしゃっていて。
岡本 へえーっ。
加藤 そうすると、寝てる間にできてるのか? とか思って。
岡本 いや、そうですよね(笑)。
加藤 起きたら、「あ、短歌になってくれた」とか。
岡本 それは嬉しいですよね(笑)。
加藤 ですよねぇ。でも本当にそれぞれだなと思います。山田航さんも作り方、たぶん違いますしね。
岡本 山田さんは聞いたことないですけど、あの人の話はなんか高度すぎて、聞いてるとわかんなくなってくるんですよ(笑)。
加藤 山田さんはブレないのがすごいなと思うんですよね。山田さんが岡本さんの短歌に◯×を出すっておっしゃってたじゃないですか。私は、やっぱりブレちゃうんですよね。選考とかしておきながらあれですけど、やっぱりなんかその日その日で変わっちゃうから。たぶん山田さんは「これがいい短歌」っていうのがしっかりあるんだろうなぁ。
岡本 なんかあるんでしょうね。「韻律」とかで作ったりもしますよね。
加藤 音でね。解説を聞いたとき「4句目の響きをこうして」とかって言ってましたし。そういうテクニカルな作り方もありますよね。話は戻りますけど、岡本さんが人物が動かないと思ってても、それでも書けるものですよ。なので、創作も読みたいです。小説書こうとかはないんですか?
岡本 小説は……担当のSさんに言っていただいたので、書いてみたんですけど。
岡本担当編集S 長編の青春小説で、キラキラしてて、エモいんですよ! 岡本雄矢の名前のままだと不幸のイメージがあるから、ペンネーム変えたほうがいいくらいの(笑)。
加藤 いきなり長編!? すごいですね。
岡本 いやいや、いやいや、もう……。
加藤 私も長編は一応執筆経験あるし、常に書きたくもあるんですが、途中で飽きちゃうんです(笑)。書ける人たちを尊敬しています。
加藤千恵×岡本雄矢 歌人対談
短歌を詠みつつ、小説やエッセイを書くふたりの対談。創作秘話から、作品と真逆の素顔、まさかの「不幸」勃発まで目が離せない展開です。締めくくりには因縁のおもてなしエピソードも。