女性は、過去に付き合った人のこと、どうでもよくなるってほんと?
岡本 とはいえ、短歌は無くなる前に補充したいですね。書けなくなったら困るから。
加藤 そういうときって、出掛けたりするんですか?
岡本 あんまりわざわざってことはないですけど、いろいろ注意するようにはなるかもしれないです。普段から意識してるけど、より「なんかしよう」と思うかもしれない。でもそういうときって、あんまり上手くいかないです(笑)。
加藤 私は入浴中とか、移動中とか、そういう“何か”をしてるときに浮かぶこともあります。たまにですけどね(笑)。でも「連想する」っていうのはあったりしますね。『あなたと食べたフィナンシェ』の中だと、「いももち──しずばあのこと」がそうですね。私、保育園のときに、よく活動を抜け出して、管理人室に行ってたんです。そこに管理人のおばあちゃんがいたんですけど、私の曽祖父がよく遊びに来てたっていうのもあって……。で、曽祖父のお葬式で、管理人のおばあちゃんが愛人だったと知りました。
岡本 ええーっ!!
加藤 それが、あの話のもとになっています。もう時効だし、面白い話だなと思ったので書きました(笑)。なので、それくらい話を変えているんです。
岡本 出来事を変えるコツってあるんですか?
加藤 年齢変えたり、性別変えたり、主人公を変えたりして登場させてますね。でも違う形で同じエピソードを書き続ける方もいらっしゃるし、単純に違う人視点で書くとかもできそうですよね。芳香剤を飲む側になって書いたり(笑)。
岡本 芳香剤……そうか! (笑) いやあ、すごいなぁ。
加藤 私は作家って自分と近い年齢の主人公の小説を書くものだと思ってたんですけど、40歳になっても10代の子を書くのが楽しいんですよね。精神年齢がもしかしたら低いのかもしれないですけど……やっぱり10代のときの記憶が強く残ってるというか、一番何かを“思ってた”時期だなと思うんですよね。年齢を重ねると、どんどんいろんなことがどうでもよくなっちゃうし(笑)。だから何かを書くとなると、思い出しやすいのかなと。なので、一生、10代の主人公の話は書いていきたいなと思います。
岡本 覚えてますか、10代の頃の出来事とか感情とか。
加藤 いや、でも、記憶力はかなり乏しいんですよ(笑)。学生時代のこととか全然覚えてなくて、友達から「こういうことあったよね」言われても、「へえーっ」って。
岡本 わかります、わかります、僕もそうなんですよ。でも他の人が覚えてないことは覚えてたりしませんか?
加藤 ありますね。あのときこう言ってた、とか。
岡本 じゃあ加藤さんは、感情を思い出しながら書くことが多いんですか? 女子中学生の友達が引っ越してしまう気持ちを書いた「ぶどうグミ──意味わかんない」とか。
たった今あたしが抱えてる気持ち
大人になれば全部わかるの?(加藤)
加藤 そうですね、要素としてはあります。同じ経験をしたわけではないですけど、近いものがあったりとか。
岡本 この短歌は加藤さんのデビュー作『ハッピーアイスクリーム』のときの短歌っぽいですよね。
加藤 ありがとうございます。嬉しいです。
岡本「ぶどうグミ──意味わかんない」の話の先を書いてみたい、何年か後を書いてみたいとかないんですか?
加藤 いや……私、それがなくて。手が離れたら「もういいかな」って。編集の方からも読者の方からも時々「続きを」とおっしゃっていただくことがあるんですけど、終わったら終わりって感じなんです。
約束のコンビニアイスの行方は…!?
岡本「さきいか──噛む」に出てきた短歌、なんか怖かったんですよね。女の人って、恋人のことをもう全然好きじゃない、ということになるんですね(笑)。
好きじゃなくなってごめんね
あなたにも
あなたを好きだったわたしにも(加藤)
加藤 はいはい。
岡本 僕も『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』で、カフェで聞いた話を短歌にしたんですが、僕はそうなったことがないんですよ。昔の彼女がどうなっててもいいみたいなことはない。嫌いにもならないし、好きじゃないけど、なんか心のどこかにはあるんです。でも女性って、そうじゃないみたいなことをよく聞きます。
「元カレの生死に興味などない」とキャラメルマキアートの滑る舌(岡本)
加藤 結構聞きますね。女性は上書き保存するとか。
岡本 加藤さんも本文で「わたしはもう、和史のことを好きじゃない。全然。まったく。」と書いてるじゃないですか。もうこれなんか、最たるものですよね、「全然」「まったく」だから! あとは「海老ラーメン──ともだちだった」も怖かったので付箋貼りました!
本当に大切な友だちだった
たとえ会えなくなったとしても(加藤)
加藤 付箋をいっぱいありがとうございます。よかった、ダメ出しの付箋じゃなくて(笑)。
岡本 いや、違いますよ! ダメ出しの付箋なんてないですよ! 本当に全部よかったです!
加藤 岡本さんの自分のお気に入りの短歌もぜひ伺いたいです。
岡本 それ、難しいんです。僕は、他の人から「いい」と言われると好きになるみたいで。水筒の短歌も、読んでくれた人から「本当に鳴るんだね」と言ってもらえて、それから気になって、好きです(笑)。
水筒の中の氷が歩くたびカラカラとなり また笑われる(岡本)
加藤 ありますよね。褒めていただくと「あぁ、いい短歌だな」って(笑)。
岡本 あ、もう時間なんですか? 今日は本当にお会いできてよかったです。前回は申し訳なかったので……。
加藤 本当、何も画面に映ってなかったですから(笑)、こちらこそお会いできてよかったです。今日はありがとうございました。
加藤担当編集H じゃあ工事現場、撮影しますか?
加藤 あはははは。
岡本 工事現場はいいんじゃないかな……
岡本担当編集S ではコンビニへご一緒しましょうか。
岡本 リモート対談での遅刻のお詫びのアイスを! パフェのやつでもなんでも!
加藤 じゃあ一番高いやつを! (笑)
――加藤さんは『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』の文庫版解説で、岡本さんの詠んだこの短歌を引き合いに出している。
おごるって言ったのはアイスの話で、それチョコレートパフェじゃねーかよ
この日は上着のいらない、まさにアイス日和。岡本さんと加藤さん、担当編集SとH、そして本稿の取材を担当したライターの5名は、対談終了後、件の工事現場の柵を超え、ゾロゾロとコンビニへ向かいます。加藤さんはアイスケースを見るなり「ラス1だった!」と言って「桜もちパフェ」を、担当編集Sは「白くま」、担当編集Hとライターは「金のワッフルコーン マダガスカルバニラ」、そして岡本さんは「ベリーベリーパフェ」をチョイス。
岡本さんの自腹で奢っていただき、皆で美味しく食べました(ごちそうさまでした!)。
そういえば岡本さん、『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』の文庫版の帯文を書かれた歌人の俵万智さんが、前回の対談の顛末を知って「私もアイス奢ってほしいな」とおっしゃっていたそうですよ?
(構成:成田全)
加藤千恵×岡本雄矢 歌人対談
短歌を詠みつつ、小説やエッセイを書くふたりの対談。創作秘話から、作品と真逆の素顔、まさかの「不幸」勃発まで目が離せない展開です。締めくくりには因縁のおもてなしエピソードも。