恋愛イメージの強い加藤さんは恋愛を全然せず、恋愛敗者イメージの岡本さんのほうが恋愛体質!?
岡本 加藤さんは読者から「イメージと違う」みたいに思われることないですか?
加藤 あります、あります。私、恋愛小説をメインで書いていたので、「恋愛体質」みたいなイメージを持たれることがあるんですけど……全然してきてないです。基本面倒臭がりなんで(笑)。恋愛って、面倒臭いですよね?
岡本 いやいや、面倒臭いですけど……でも恋愛って、「しちゃうもの」じゃないですか? じゃあどういうところから話を拾ってくるんですか? 例えばこの「台湾ソーセージ──ギャップ」の「好きだけど、好きって言えない」みたいなのとか。
グラスを持つ指を見ていた 嘘じゃない
ほんとのことを隠してるだけ(加藤)
加藤 恋愛ものは、小説読んだりとかもそうですし、実体験を基にしてたことももちろんあるんですけど……でも、なんか本当に恋愛から遠いですね。だからイメージと違うかもしれない。読者の方がどういうふうに思ってくださってるかわからないけど。
岡本 僕の場合は、読者の方がロマンチックな短歌について「いい」と感想を書いてくれたりする一方で、知ってる人からは「いい話だけど、岡本だから気持ち悪い」みたいなことを言われるんですよ。今回初めて加藤さんにお会いしましたけど、めっちゃ恋愛体質の方なんだと思ってました!
加藤 恋人がいない期間は、「付き合って3年目のような恋人」がいればいいのにと考えたりしていました。ゼロからだとドキドキするじゃないですか。
岡本 それ、どういう発想? (笑)
加藤 ドキドキが嫌なんですよ。だから、初デートが嫌ですね(笑)。
岡本 初デートが一番楽しいじゃないですか!
加藤 って言いますよね?
岡本 いやいや、もちろん怖さもあるけど!
加藤 後で「あぁ、あんなこと言わなきゃよかった!」とかないですか?
岡本 もちろん、もちろん、めちゃくちゃありますよ、そんなのだらけ!
加藤 えっ、それ、嫌じゃないですか?
岡本 嫌ですけど、嫌ですけど、でもそれを経るからこそ3年目に至るわけですからね! (笑)
加藤 嫌さや面倒臭さが上回ってきたんでしょうね。読者の方にイベントなどで恋愛相談を受けても「ごめんなさい、ほんっとうにわかんないです」って(笑)
岡本 それはされますよ。短歌も恋愛もの多いですし。
加藤 そもそも恋愛相談に向いてないのかもしれない。話してもらえるのは嬉しいんですけど。これもそう思われがちなんですが、多く恋愛の話を書いてるから、観察眼があるようなイメージなんですけど、私、めちゃめちゃ鈍いんですよ。そういうの。
岡本 いやいや、そんなことはないんじゃないですか? (笑)
加藤 少し昔の話ですが、しょっちゅう集まって遊ぶグループがいたんですけど、ある日、グループの中の2人が付き合っているって聞いて、私、本気でビックリしたんです。「ええっ」って!(略)でも誰もビックリしてなくて、「あ、やっぱりか」みたいな感じで、「えっ、私だけ知らない」みたいな。なんかそういうことが多いんですよね。学生時代も、「あの子が○○君を好きなんだって」みたいな話があるとき「やっぱりね」みたいに話を合わせてはいましたが、本当はビックリしてて。
岡本 鈍い自覚はあるから、合わせてた(笑)。
加藤 本当に人の気持ちがわかんないんですよね。過去の話ですけど、珍しく告白されるようなことがあっても、その都度驚いてました。全然そんなふうに思わなかったので。ただ周囲は「いや、明らかに好意を向けてくれていたよ」という反応だったりして。以前、女の友人からされた相談にも、変なふうに答えちゃったことがあります。彼女が男友達から「それ(彼女の持ち物)を買ったお店を教えてほしい」と言われたというので、私は「メールで教えたら?」と言ったんですけど……それって一緒にお店に行きたい、ってことだったらしくて。
岡本 なるほど、なるほど(笑)。加藤さんが書いてる感じとはずいぶん違うんですね。
加藤 でも、だからこそなのか、恋愛にはずっと興味があります。やっぱり変化する部分が面白いし。具体的にそうなった時期は思い出せないですが、私はちゃんと自分の意識をコントロール下に置きたい、変化したくない、というのが強くあったんでしょうね。
岡本 意外ですね。後悔した方が、家に帰ってワーっとなったことが書けたりするじゃないですか? 僕はそういうのも多いから。
加藤 もう恥ずかしくて思い出したくないから、やっぱり自分の話だとうまく書けないかもしれない(笑)。
岡本 加藤さんはすごい恋愛をしてきたというイメージがあって、それが作品に出てるのかなと思ってたんですけど、今回そうじゃないとわかったので、それを知った上で過去の短歌や小説を読むとまた印象が変わりそうです。もう一回読み返すの、楽しみです(笑)。
本は、“知らない人”に届いてる感がある
岡本 今後、書きたいものはあるんですか?
加藤 恋愛は今後も書いていきたいなと思っているのと、今は家族、親子関係に興味があるので、そういったものも書いていきたいなぁって。あとは、書きかけの長編を完成させたいですね。飽きないように頑張らなきゃいけないですが(笑)。岡本さんは、その長編小説はどうやって書かれました?
岡本 起承転結はもう全部決めて、ここでこういうことが起こってるっていうのはザックリ決めて、1章ずつ書きました。担当のSさんが「短歌で詠んだエピソードとかバンバン入れていいですよ」って言ってくれたんですよ。僕は一回世に出したことは、もう使っちゃダメなもんだと思ってたんですけど、それやってもいいんだって思って。
加藤 飽きませんでした? (笑)
岡本 飽きるっていうのはなかったですね(笑)。
加藤 小説を書くというのは、楽しかったですか?
岡本 どれだけのものかわかんないですけど、「よく書いたな」っていうのは思うんですよね。でもこれからどんどん生み出せる、という自信はあんまりないですね。短歌は、不幸が続く限り書けそうですけど(笑)。
加藤 あと15冊くらいは行けますもんね(笑)。岡本さんの短歌に「つたえたい衝動はある つたえたいことなんてなにひとつないのに」というのがありますけど。
つたえたい衝動はある つたえたいことなんてなにひとつないのに(岡本)
岡本 承認欲求が僕はたぶん強いと思うんですよね。でも、書きたいものって、そんなないんですよ。
加藤 それで芸人さんのお仕事も同じペースでやってるわけじゃないですか。めちゃめちゃエネルギーのベースの部分のパワーがすごいってことですよね。
岡本 芸人でも、本当にやりたいネタがないんですよ。昔はたぶんあったと思うんですけど、お客さんの反応とか、人から言われることにどんどん左右されて、自分が面白いと思うものが、今まったくわかんなくて(笑)。それはもう結構前からなんですけど、“無”で書こうと思っても、面白いものを書こうと思っても、絶対にお客さんの顔が浮かんで、「ウケる/ウケない」っていう判断を気にしすぎてます。
加藤 芸人さんって、目の前でダイレクトに反応があるっていうのがすごいですよね。本って、読者の方がどう読んでくださってるかってわからないじゃないですか。それってちょっと寂しくもあるけど、安心するじゃないですか? パラパラってめくって、途中で投げられたりしたら落ち込んじゃう(笑)。
岡本 確かに、そうかもしれないですね。本って、途中でやめられているかどうかわかんないですもんね。漫才は、途中で聞くのをやめられる瞬間、急にウケなくなる瞬間が明らかにありますからね。
加藤 そういうときって、心折れたりとかないですか?
岡本 心折れます……だから終わるたびに「もうダメだ」って思ったりもする時期もあったし。加藤さんはお笑いコンビの「金属バット」がお好きですけど、あの2人とか見てると、やっぱりすごいなって思います。ブレないというか、面白いと思うものをずっとやり続けてるじゃないですか。でも僕はもう、それが何かわかんなくなってる(笑)。
加藤 やっぱり芸人さんはメンタルがすごいですね。緊張してる中でしゃべって、笑いを取りに行って。……目の前で笑いを取るのと、本を読みました、面白かったですと言われるのって、違う喜びがあるんですか?
岡本 全然違いますね。本は知らない人に届いてる感がすごいあります。札幌から遠い沖縄とか、絶対にお笑いライブに来ないような年配の方とかから手紙を頂いたりするんですよ。もちろん生は生ですごいので、だから芸人を辞められないんだと思うんですけど(笑)。
加藤 今後は、小説よりもエッセイですか? ネタ的にはエッセイのほうが尽きない感じがするんですかね?
岡本 認められるものを書ければ、と。でも書きたいものがあんまりないし、認められるから書けるというところがあって、もし誰も読んでくれなかったと思うと……。だから僕は、お笑いも、書くこともブレブレなんですよ。ウケる方、ウケる方に行ってしまって、芯がないんです(笑)。
加藤 でもそれって、逆に何でも書けそうですよね?「もう絶対これしか書きたくない」っていう人と比べて、担当から勧めたら「やってみましょう」ってなるし。以前、新人作家の方が長嶋有さんに「スランプは、ベテランの方はどうされてますか」って聞いたときに、長嶋さんが「もうずっとスランプですよ。ずーっと歯磨きのチューブを絞り出してる」っておっしゃってて。その時、みんなそうなんだなって思ったら、めっちゃ安心したんです。歯磨きのチューブって、無いと思ったら意外と出たりもするし。みんなやっぱりそういうふうにやってるんだなと思って。なんか私自身も、チューブをひねり出したり、絞り出したりして、時々「おっ、こんなにまだ出る」と思いながらやっていくのかなと思います。
岡本 僕は出し切ってもいないし、ストックは残しておかないと不安だから、今のところはわかりませんが……でも絶対に、「出し切ったときに出るもの」ってありますよね?
加藤 それもあると思いますよ。
加藤千恵×岡本雄矢 歌人対談
短歌を詠みつつ、小説やエッセイを書くふたりの対談。創作秘話から、作品と真逆の素顔、まさかの「不幸」勃発まで目が離せない展開です。締めくくりには因縁のおもてなしエピソードも。