甘やかされる二人
岡本 ところで、タイトルってどうやって決めたんですか?
加藤 3つか4つ候補を出したんですけど、装丁をやってくださった名久井直子さんが最終的に決めてくれました。
岡本 へえーっ!
加藤 名久井さんって装丁が素晴らしいのはもちろんなんですけど、テキスト的なことも決めてくださることがあって。私、『ハニー ビター ハニー』という小説を出してるんですけど、あれも名付けてくれたの、名久井さんなんです。
岡本 ええーっ!
加藤「ハニー」と「ビター」をどう並べるかって担当編集者が名久井さんと相談していて、小花美穂さんの漫画に『Honey Bitter』っていう作品もあったのでどうしようとなったときに、「3つ並べたら?」っておっしゃってくださったみたいで、それで決まったんです。私は名久井さんに甘やかしてもらいましたね(笑)。
岡本 なるほど、甘やかされてるのは一緒なんですね(笑)。
加藤 それで素晴らしい装丁にしてもらっちゃいました。じゃあ今回の『センチメンタルに効くクスリ』の装丁もSさんにお任せで?
岡本 そうです。なので、あんまり本を出した感覚がないんですよね。毎週送った短歌や原稿が本になってくれたっていうだけで。
岡本担当者S こちらは、デザイナーの鈴木千佳子さんに、お任せでした。表紙がコアラぽくなったのも、本書の中から、この短歌が岡本さんぽい、この作品ぽい、ということで、鈴木さんが考えてくださって。
加藤 そういえば『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』が文庫になるのも、なんか担当者からサラっと告げられた、みたいことを(文庫版あとがきの中で)書いてましたよね?
岡本 はい、ご飯食べてるときにSさんから「文庫にしますから」って言われて。
加藤 本当に知らない所で決まってた! 頭上でくす玉を割ってほしかったくらい? (笑)
岡本 そうですね(笑)。
加藤 ところで、新刊の『センチメンタルに効くクスリ』の芸人さんパートで思ったんですけど、世の中のほとんどの人は芸人さんになってないから知らないはずなのに、なんかわかるし、共感してしまって。そこのすくい方がすごいなと思いました。
岡本「いろはす」の話ですね(笑)。
出囃子に知らない洋楽が流れ いろはすだらけの舞台袖にいる(岡本)
加藤 そうそう、場面が浮かぶんですよね。そういう面白い場面を切り取るところがすごいなと思います。短歌って悲しくなりがちですけど、岡本さんのは悲哀も伝わってくるんですけど、やっぱりおかしみがあるというか。
岡本 なんでなんですかね? ……なんでなんですかね、っていうのも変な話ですけど(笑)。
加藤 前回リモート対談したときに、マンネリとかスランプのことおっしゃってましたよね。「書くことがなくなるんじゃないか」って心配していると。でも、いくらでも書くことありそうですよね?
岡本 短歌はいっぱいあるんですけど、エッセイになるかどうかっていうのがありますね。でも、一週間前に無理だと思っても、今週はなんか書けそうだっていうのがあったりして、自分でも不思議です。
加藤 短歌のストックは結構あるんですか?
岡本 短歌のストックはめちゃくちゃあるんですよ。毎週ストックの短歌を見返して、エッセイを書けそうなものを拾ってるんですよね。それこそ歌人の山田航先生に見てもらって、OKもらった短歌を出してる感じなんですが。でもいつか書くことがなくなるんじゃないか、という怖さはずっとあります。
加藤 でも読む限り、あともう15冊くらい出せそうですよね? (笑)
岡本 いや、僕だって加藤さんに同じこと思いますよ。これだけ小説の設定を考えられたら!
加藤 私、自分で書いたことを結構忘れちゃうから、設定が被ってたりしてないかなって心配になることがあって(笑)。岡本さんは「これ、以前にも書いてたな?」とか思うことないですか?
岡本 似てるのはありますね。エレベーター乗れなかったみたいな話、2つくらい同じ本に入ってますからね。でも自分でも忘れてるくらいだったら、読者はそんなに覚えてないだろう、みたいな。それは芸人のときも思うんですよね。「このネタ、1年前にやったけど、もしあのとき見たお客さんがここにいても、自分でもあんまり覚えてないんだから大丈夫だろう」と思ったり。そこはちょっと麻痺させてるというか(笑)。
加藤 そもそも、ウケたネタって、鉄板ネタになりますもんね。
自分の話を書くのは恥ずかしい?
加藤 ところで岡本さん、恋愛経験が全然ないみたいなことを書いているけど……めっちゃ恋愛のこと書いてらっしゃいますよね?
岡本 え……いやいや……。あの、同じ方の話とか……。恋はしてるけど、恋愛はそんなしてない自信あるんです!
加藤 でも、喧嘩したら彼女が芳香剤を飲んでやると言われた、結構ハードな短歌ありましたよね? 普通飲まないですよね、芳香剤は(笑)。そういうエピソードがいっぱいあるじゃないですか。だからめちゃめちゃ恋愛してる人みたいなイメージありますよ。
芳香剤飲んでやるって騒ぐから芳香剤は二度と置かない(岡本)
岡本 全然恋愛はしてないんですけどね……してないことはないですけど、うまくいかなかった的な話は結構あって、片思いっぽいのとかも、いっぱい……(汗)。あ、ところで加藤さん、エッセイは書かれないんですか?
加藤 もちろんお話頂いたら頑張るんですけど……なんか自分の話を書くのが恥ずかしくて(笑)。
岡本 小説は?
加藤 もう完全に創作なんです。友達の話とか、人に聞いた話を元にしていても、エッセンスだけ残して設定を丸ごと変えちゃったり、年齢変えちゃったり、性別変えちゃったりとか。どこかしらで自分が思ってることだったり、自分とちょっと似てるところを書いてはいますね。まったく知らないことだと書けないので。だから、エッセイすごいなぁと思って。……恥ずかしいなって思うことってありません? 変な質問ですけど(笑)。
岡本 それはあんまりないかもしれないですね。昔はちょっとカッコつけたりとかあったと思うんですよ。でもそういうところで頑張っても無理だから、自分の切り売りじゃないけど、自分のダメなところを出していった方がまだ認められることの方が多いんじゃないか、ってどこかで思ったのかもしれないです。エッセイの方が僕は真っ直ぐ行けるんですよ。逆に小説は、話をいろいろ変えていく作業があるから、手間って言うと、言い方悪いですけど。
加藤 私は基本、「想像」してるんですよね。昔からなんですけど、「北参道に生まれ育ったらどうなったんだろう」とか。旅先でもそういうことを考えてますね。
岡本 じゃあ、尽きることないんじゃないですか?
加藤 だから書いていると、アウトプットしたのかどうかわかんなくなるんです。「これ、書いたんだっけ?」って。あと短歌も、人の短歌なのか、自分の短歌なのかわかんなくなることもあります(笑)。
岡本 加藤さんの短歌は、誰でも使うシンプルな言葉がめっちゃ多いからじゃないですか? 僕の短歌は、「実家の麦茶まずそう」みたいに他の人がしてない経験を言ってるから、被ってるとかってあんまり考えないですね。だからこそ、加藤さんの短歌ってすごいなと思うんですよ! シンプルな言葉で、ここだけの世界を作るから。
初合コンで言われた第一印象は「実家の麦茶まずそう」でした(岡本)
加藤千恵×岡本雄矢 歌人対談
短歌を詠みつつ、小説やエッセイを書くふたりの対談。創作秘話から、作品と真逆の素顔、まさかの「不幸」勃発まで目が離せない展開です。締めくくりには因縁のおもてなしエピソードも。