ストーリーを書きながら「ここを短歌にしよう」とは考えてなかった(加藤さん)
加藤 X(旧Twitter)とか見ていても、今の人たちは短歌上手ですよね。岡本さんの「センチメンタルが殺しにくるぞ」とかも「あぁ、めっちゃわかる感覚だな」と思いました。同じ感情を抱いたことがある人はいると思うんです。懐かしさに殺されそうになる、懐かしさで苦しくなることってあると思うんですけど、それを「センチメンタルが殺しに来るぞ」って書くのは、岡本さんならではの表現だなと。本当に情景が浮かぶなって思います。それとエッセイがセットになってるのがすごいなと思って、たぶんセットで思い出せる感じがあるんですよね。他にそういう方ってあまりいらっしゃらないから、確実に長所ですよね。
気をつけろそこは母校へ続く道センチメンタルが殺しにくるぞ(岡本)
岡本「経験してないけど、なんかあるって思う」と言っていただくことは多いですね。
自転車で豪快にこけてやっぱりか この夏初の半ズボンの日(岡本)
加藤 半ズボンで自転車で派手に転ぶのって、小学生とかのときにはあったかもしれないけど、大人になってからはないはず。でも「あぁ、でもわかるな」みたいな、そういうのがすごくたくさんありましたね。他の人が気づいてないところに気づいていたり、立ち止まっているなっていう印象は『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』のときと変わらずあって。
見上げても見上げなくてもあの雲は何にも似てない形をしてる(岡本)
岡本『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』の文庫解説で、雲の短歌を褒めていただいてますけど、ほとんど言われたことないんですよね、その歌って。「麦茶」や「スクーター」のような、パッと笑えるものを褒めてもらうことはあるんですけど。
左手に見えますホストに座られているのが僕のスクーターです(岡本)
加藤 そうなんですか? 文庫解説を依頼されて、何首か短歌を引用したいな、と思って読み返していたら、「あぁ、確かにこれはそうだな、すごいな」って、すごく衝撃だったんですよね。「何にも似てない雲」って確かにめっちゃ見てるけど、短歌にしようと思ったことなかったと思って。たぶん岡本さんには、そういう光景がたくさんあるんだろうなとか、自分が取りこぼしていることに立ち止まって、ちゃんと見つけて、拾い上げている。化石を発掘するような、すごいことだなと思って。
岡本 だからめっちゃ嬉しかったです、加藤さんの文庫解説。僕は“気にしぃ”なところがあって、それは自分の嫌な部分だと思ってたんですけど、「それがあるから、やっぱりこういうことが生まれる」みたいなことを書いていただいたので、めちゃくちゃありがたかったです。
加藤 通り過ぎてしまいそうな光景に立ち止まって、ちゃんと歌にするところがあるなぁって。
岡本 加藤さんは、どういう作り方をするんですか?
加藤 私は「書かなきゃ」と思ってパソコンに向かって苦しみながら書いているので、たぶん立ち止まってないんでしょう(笑)。ひねり出して、絞り出してると思いますね。
岡本 でも「想像する」っておっしゃったじゃないですか?
加藤 そうですね……。でも今は、短歌は作ろうと思って作ってる感じかもしれないです。だから、本当にストックたくさんあるのがうらやましいです。私も欲しい(笑)。
岡本 加藤さん、ストックはゼロなんですか?
加藤 ゼロではないんですけど、少ないです。依頼頂いたら、もうひねり出して、絞り出して、ギューッてします(笑)。『あなたと食べたフィナンシェ』は、料理があって、話を作って、短歌……だったので、順番としては、岡本さんと逆ですよね。ストーリーが出来上がって、2、3回読み返して短歌を書くという感じなので。なので、ストーリーを書きながら「ここを短歌にしよう」とは考えてなかったです。短歌脳に切り替えてから、という感じですかね。
岡本 そう聞くと、確かに、まったく逆ですね。僕のエッセイは「答え合わせ」みたいな。加藤さんの作品は、小説の後ろ、最後に短歌があるのがすごくいいですよね。小説読んでから、短歌、というのが。
加藤 私、岡本さんのは、短歌を読んでみて、エッセイはこういう話かなって想像するけど……まあ当たらないです(笑)。
岡本 それはいいことなのかな……?(笑)「当たらない」みたいな意見は初めて言われたかもしれないです!
加藤 終電後のカラオケ館での短歌がありましたけど、最初短歌を見て、「これはキャッキャしている感じかな?」と思ったら全然違っていて。でも「あっ、こっち寄りね。この光景わかる」と思いました。当たらないのが面白いです。
明け方のカラ館502号室ホットウーロン流行りはじめる(岡本)
岡本 加藤さんの小説は、最後に短歌がありますけど、シーンを切り取ってるっていうよりは「話の全てを三十一音に収めてる」っていうイメージですよね。そこがすごいなと思います。
加藤 今回私は「本当に食べたいものを書く」というところからでした。
岡本 それこそ、もうずっとできませんか? だってこの世に食べ物、まだまだあるから!
加藤 そういえば私、大学入試の受験勉強で、「三題噺(さんだいばなし)」が出題される大学があることを知って、自発的に解いてたので、そういう書き方がたぶん好きなんだと思います。だから全然受験勉強になってなかったですけど(笑)。
――デコボコ対談、後編へ続く!(構成/成田全)
加藤千恵×岡本雄矢 歌人対談
短歌を詠みつつ、小説やエッセイを書くふたりの対談。創作秘話から、作品と真逆の素顔、まさかの「不幸」勃発まで目が離せない展開です。締めくくりには因縁のおもてなしエピソードも。