元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、1冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第三回のテーマは「タイトルが好きな本」です。考えてみると難しいこのテーマ、お二人が選んだ1冊とは?
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
* * *
藤岡:今回もよろしくお願いします。
菊池:はい、よろしくお願いいたします。今回で第3回ですか。
藤岡:そうですね。今回のテーマが……。
菊池:「タイトルが好きな本」ですよね。いやこれ、ものすごく迷いました。どれを選ぶのか。
藤岡:ね! そうですよね。魅力的なタイトルの本ってたくさんありますもんね。
菊池良さんの「タイトルが好きな本」:エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』(平凡社)
菊池:本当に色々思いついたんですけど。その中で僕が選んだのが『ポータブル文学小史』。エンリーケ・ビラ=マタス著。
藤岡:すごい意外でした。
菊池:ほんとですか。それはどういう意外性でしたか?
藤岡:いや、この本は知らなかったんですけど、タイトルが好きな本でこの『ポータブル文学小史』を選ぶって、なんか深い理由がありそうだなと思って。わくわくしながら私も読みました。
菊池:自分がどういうタイトルが好きなのかなって考えた時に、知ってる単語の組み合わせで、でも意外性があるものが好きだなって思ったんですね。
藤岡:確かに、シンプルなのにオリジナリティがある。
菊池:そうですね。これは僕のアイデア全般そうなんですけど、「文豪」と「カップ焼きそば」とか、そういう誰もが知ってるものの組み合わせで意外性を出すっていうのが好きで。
藤岡:なるほど。
菊池:この本を買った時はそれに気づいてなかったんですけど、おそらくだからこのタイトルに惹かれて買ったんだろうなって。
『ポータブル文学小史』って、まずどこで区切るのかがわかんないですし。
藤岡:一見して、どんな内容の本かもわかんないですよね。
菊池:そうですよね。「ポータブル文学」の「小史」なのか、「ポータブル」「文学小史」、 たまに参考書のタイトルなどである、持ち運び可能な、文学小史っていうことなのか、一見してタイトルからじゃ内容がわからないっていうところに惹かれて買いましたね。
藤岡:でも、「タイトルが好きな本」として選んでくださってるけど、もちろん内容も好きというか、オススメなんですよね。
菊池:内容もそうですね、すごい好きで。読んでみたらすごい刺さった。「文学小史」ってついてますけど、小説なんですよね。
藤岡:うんうん、そうですよね。
菊池:読んでると、「ポータブル文学」っていう文学ジャンルがあって、それについての歴史を書いてるんですけど、読んでても「ポータブル文学」がなんなのか全然わかんないんですよ。
藤岡:そうなんですよ。もうこの本ね、わからないんですよ、ほんとに。170ページぐらいある中で、150ページぐらいまでずっとわかんないなって感じなんですよね。
菊池:ほんとですか、いやそうですよね。解説もついてるんですけど、 解説を読んでもまだ摑みきれてないなって内容で。
藤岡:ほんとに。第2回のときに『読んでいない本について堂々と語る方法』っていう本、紹介したじゃないですか。あの本のことをすごい思い出しましたよ。
やっぱり、読んでもこれは読んだと言えるのかっていうぐらい理解できない本もあるじゃないですか。
菊池:そうですね。
この本自体が、一冊の芸術作品のようになっている
菊地:この小説は20世紀前半が舞台で、いろんな実在の人物がいっぱい出てきます。マルセル・デュシャン であったり、ヴァルター・ベンヤミンとか、いろんな作家、芸術家がいっぱい出てきて。で、どうやら「シャンディ」っていう秘密結社を作ってて、その中で「ポータブル文学」って呼ばれるジャンルの何かをやってたらしいっていう話なんですけど。なんかキツネにつままれたような記述がずっと続くっていう。
藤岡:なんか、ミッドナイトムービー観てるみたいな感じ。
菊池:確かにそうですね。この本の表紙はトランクケースの写真なんですけど。
藤岡:表紙すごい可愛いですよね。
菊池:そうですね。ピンク色で、この表紙も含めて好きなんですけど。 どうやら、このトランクケースに入る形式の文学らしいっていうところまでしかわからない。
でも、読んでるとだんだん摑めてくる部分もあって。「シャンディ」たちは全員独身で、自由を求めていたみたいだってことが書かれたりとかして。「ポータブル」、つまり持ち運べるってことが、当時は自由の象徴だったんだろうな、それも芸術家しかできないような、とか。
藤岡:身軽さみたいなことですよね。
菊池:そうですね。そういういろんなイメージが頭をかすめる、不思議な小説ですね。
藤岡:たまにはこのぐらいわからないものを読むのもいいなと思いました。
菊池:藤岡さん、この小説のタイトルだけ見た時、どんなイメージがわきました?
藤岡:短編集かなって最初思ったんですよ。「ポータブル文学」だから、持ち運べる物語。ちょっと緩やかに繋がった架空の世界の短編集か何かかなっていうような気軽さで読み始めたら、もうずっとわからないので、わかんないと思いながら読んでいまして。
菊池:うんうん、そうですよね。
藤岡:でも、菊池さんはやっぱ賢いから、もう最初から全てわかってるのかなとか思って、私だけがわからないのかなってすごい悩みながら読んで。
菊池:いやいや……。これ、「前衛芸術史小説」って帯には書かれてるんですけど、 試みとしては実在の人物の逸話だったりとか、書かれた話をつぎはぎにして、全然違う歴史を紡ぎ出すみたいなことで。この本自体が、一冊の芸術作品のようになってるんですよね。
藤岡:なるほど。
菊池:この試み自体が面白いなって僕は思いましたね。
藤岡:そうですね。こんな小説読んだことないって感じですもんね。
断片が繋がり、おぼげな輪郭が見えてくるという体験
菊池:出てくる単語も僕が好きなものばっかりで。「ランボー」とか出てきますけど。
藤岡:具体名のことですね。
菊池:そうですね、この秘密結社シャンディの名前の由来である『トリストラム・シャンディ』っていう小説があるんですけど、この小説が僕はめちゃめちゃ好きで。多分世界で一番初めに書かれた前衛小説であり、ナンセンス小説でもあるもので。1700年代後半に書かれたので18世紀のものなんですけど、今読んでもすごい面白い小説で、話がどんどん脱線してって、もう何を言ってるのかわからなくなるっていう小説なんですよ。
トリストラム・シャンディという人の生涯を描いた小説なんですけど。まず、トリストラム・シャンディが全然生まれない。トリストラム・シャンディが生まれるまでが、ものすごい長くて、脱線が多すぎて、どんどんわからなくなっていって。で、途中で絵とかも入ってきて、図形で説明しだしたりとかして、そういう、今、実験的って言われるようなことを、もうその時点で全部やってるような小説で、ものすごい好きなんですけど。
そういうものを引用してるところも、 この『ポータブル文学小史』が好きなところです。
藤岡:へー、そういう風に読むんだ……。
この本は、こんな言い方すると元も子もないんですけど、 1行1行頭に入ってこない感じがあって。……これめっちゃ悪く聞こえますね。最後まで読むと、その体験もすごい良かったんですけど。
意味を全部理解しながら読もうとすると、なんかこう、かわされるっていうか。あ、今わかんなかったなと思って、2行ぐらい戻って読んでも、やっぱりわかんないから、とりあえず諦めて進むみたいなことをずっと繰り返すみたいな感じで最後までいって。でも、「ポータブル文学」っていう謎のジャンルが、 ほんとに徐々に、輪郭から、外側から、おぼろげに見えてくるみたいな体験がすごく楽しくて。
確かにジャンル、派閥とかそういうものって、はっきりと定義できるものではなくて、 例えば「純文学」とかも、一応の定義はあるかもしれないけど、純文学とは何かということを常に問いながら毎年芥川賞が決まって、みたいな感じあるじゃないですか。
菊池:はい。たしかにありますね。
藤岡:そういうふうに、「ポータブル文学」っていうジャンルについての豊かな周り道みたいなものを体験した感じ。
菊池:いや、ほんとそうですね。
藤岡:合ってますか? ほんと、不安……(笑)。
菊池:不思議な体験ができる小説というか。でも芥川賞について書かれた本も、全然知らない人が読んだらこの本のように感じるのかもしれないですね。
藤岡:あぁ、そうかもしれないですね。
でも芸術家っていうのはやっぱりこうやって、まだこの世にないものを求める旅をしているじゃないですか、多分どの芸術家も。
菊池:うん。
藤岡:詩的な美しい断片を繋げたみたいな感じ。
菊池:そうですね。断片のいろんなイメージが繋がっていって、そのおぼろげな輪郭が見えてくるという意味では、村上春樹さんの『風の歌を聴け』とか、そういうのともしかしたら近いのかもしれないですね。
藤岡:はい。ただ『風の歌を聴け』の500倍わからない(笑)。
わからないの中から、わかるを見つける宝探し
藤岡:でも、わからないなりに私、付箋をつけてる箇所が20か所ぐらいあるんです。全然わからないなっていう中で、あ、これならちょっと言ってることがわかるかもしれないって思ったフレーズとか文章が見つかった時に、めちゃめちゃ嬉しいんですよね。
菊池:あぁ、はい。
藤岡:宝探しみたいな。その経験をしたからこそ、自分の大事な本になるというか。
難解な映画を見た時もそうなんですけど、 読んでる時とか見てる時は全くわかんないけど、1週間ぐらい経って「あ、あのわかんないやつはこういう意味だったのかもしれない」とか、自分の中から、伸ばす手がたくさん出てきて。だから、たまにはこういう自分の理解の外にあるものとじっくり向き合うのが大事かなってちょっと思いました。
菊池:ちなみに、その刺さった1行でひとつあげるとしたら、何かあげられますか。
藤岡:ちょっと探してみますね。……これは、ポータブル文学の核に一番近いところなのかもしれないけど、「お話が保存されるのは、それを誰かに繰り返してもらうためなんだ。」(153頁3行目)っていうところとか。
菊池:すごくいい言葉ですよね。確かにそうっていう。作品として保存することで何度も見てもらえる。
藤岡:あと、「われわれが過去を読むことができるのは、それがすでに死んでしまっているからなのだ。」(163頁1行目)
菊池:あぁ、詩的な言葉ですね。
藤岡:たまにそういうのが入ってくると、すごい刺さっちゃうっていうか、まんまとぐっと来てしまう。
詩的な要素が大きい小説なんですよね。詩を読んでる気持ちで途中からは読みました。物語のシチュエーションとか展開を追いかける読み方があっているものではなくて。 意味を追わずに読んだ方がどっぷり浸かれる。
菊池:うんうん、そうかもしれませんね。映画で言ったら、ストーリーは難解だけど、 映像が美しい作品みたいな感じかもしれない。
藤岡:あ、そうです。そんな印象でした。
菊池:『ポータブル文学小史』。このタイトルをたまたま本屋さんで見て、 確か松戸のジュンク堂だったと思いますけど、それで、タイトルに惹かれて買った小説でしたね。
藤岡:読めてよかったです。
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藤岡さんの「タイトルが好きな本」は次週8月22日(木)公開です。お楽しみに。
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