元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、1冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第三回のテーマ「タイトルが好きな本」の後半です。あなたがオススメするなら、どんな一冊にしますか?
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
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藤岡みなみさんの「タイトルが好きな本」:長嶋有『猛スピードで母は』(文春文庫)
藤岡:次は私の「タイトルが好きな本」を紹介します。 長嶋有さんの『猛スピードで母は』です。
これ有名な作品だと思うんですけど、疾走感のあるタイトルというか、「え、何?」ってなるかっこいいタイトルですね。
文庫版で出ていて、「サイドカーに犬」と「猛スピードで母は」の中編二作が入ってるんですよね。「サイドカーに犬」も、めっちゃいいタイトルですね。
菊池:そうですね、こっちも気になりますよね。
藤岡:あと気付いたんですけど、この二作品、夏に読むのにぴったりだなと思って。
菊池:あぁ、そうかもしれないですね。
藤岡:ね。読み返してて思ったんですけど、うわぁ、夏に読めてラッキーって思うような、ひと夏の、……「ひと夏の」って言うと「サイドカーに犬」の方が強いんだと思うんですけど、子どもが見た大人の横顔みたいな。二作品ともにそういう感じの小説で。
で、タイトルも好きなんですけど、終わり方も好きなんですよね。余韻がすごい。なんかこう、ここで終わるかっていう。終わり方のセンスがすごい好き。
菊池:どちらも余韻のある終わり方で、なんか心に残りますよね。
藤岡:そうなんですよ。全体を通してずっと言い切らない感じというか、 何かを判断しないというか、感情になる前の事象みたいなことが、ある意味淡々と描かれていて、それがすごい「私もそういうふうに感じたことがあるかも」って思わせてくれるような。感情になる前の名もない空気感がいっぱい詰め込まれている。
菊池:それも子どもの視点から大人の行動とかを見て、その中で、自分の中でまだ感情としてわかってないものを観察しているみたいな、その感覚が確かに自分もあったなっていう、なんだか懐かしい気持ちにも僕はなりましたね。
藤岡:ね、そうですよね。子どもの頃こんな感じだったなって。確かに、大人が自分にしてくれたこととかも、どうでもいいことの方が覚えてたりとか、しかも、覚えてるって言っても、それがすごく嬉しかったから覚えてるとか、 悲しかったから覚えてるとか、そういうこととはまた別の軸で、ただただ印象的だったから「あれ、覚えてるな」みたいな感じじゃないですか、子どもの頃の記憶って。
菊池:そうですね。
藤岡:そんな感じがすごい出てて、だからものすごくセンスも感じるし、人間の記憶とか感覚ってこうだよなぁっていうふうにも思わせてもらうというか。
文章の途中で倒置されているからこその臨場感
菊池:今、藤岡さんの話を聞いてて、このふたつの小説のタイトルの出方も、そういう感じなのかなって思いましたね。
藤岡:あ、ほんとにそうですね。
菊池:なんともわかんないけど、印象に残ってるみたいな。
藤岡:そうそうそう。だから何とは言わないことが大事ですよね。「サイドカーに犬がいることがいい」とか、「猛スピードな母がかっこいい」とか、そういう感想じゃなくて、感想の直前で止まってる感じのタイトルですよね。
菊池:あぁ、そうですね。
藤岡:多分子どもの心的にも、「猛スピードで母は
菊池:そうですね。なんか気になるタイトルではありますよね、『猛スピードで母は』。これだけ見ると疾走感を感じますし、「どこに行ったんだ?」とか、「なんで走ってるんだ?」みたいな印象を最初は感じた気がしますね。
藤岡:そうそうそう、本当に、夏休みの絵日記に載らない方の記憶というか。
菊池:そうですね。
あと、タイトルの『猛スピードで母は』って、文章としても、ちょっと言い方悪いですけど、変というか、倒置法。
藤岡:そうですよね、逆の「母は猛スピードで」の方が自然ですもんね。
菊池:しかも、普通は倒置法って、文章が終わってから倒置されるというか。例えば「猛スピードで行った、母は」だったら普通の倒置法なんですけど、このタイトルは文章の途中で倒置されてるんですよね。それがなんか不思議なんです。
藤岡:それで妙な臨場感が出ているんですね。すごいな、短いのにかっこいいタイトルだ。
菊池:そうですね。長嶋さんの小説は、どれも印象に残るタイトルだなって思いますね。
藤岡:うんうん、そうですね。
菊池:この小説を読んだきっかけはなんだったんですか?
藤岡:確かすごく前に本屋さんで見て、 思わず手に取ってしまったんだと思います、きっと。棚差しでも手に取ってしまうタイトルですよね。
菊池:あぁ、そうですね。うん、気になるタイトルですね。
藤岡:やっぱり学生時代のころは私、本屋さんに行くと文庫コーナーにまず行っていたので、文庫コーナーに行って、背表紙を眺めて、ピンと来たタイトルのものを手に取って、ちょっとパラパラ読んでみて、心地いい文体だなと思ったら買う、みたいな。そんな感じで昔は本を選ぶことが多かったです。
菊池:確かに今、背表紙を見てみたら、すごい気になりますね、これは。
長嶋有さんの初期作であり、代表作
菊池:長嶋さんはそれ以前から知ってましたか?
藤岡:あれ、どっちが先だったかな。長嶋さんが読みたいと思って読んだのか……。ちょっとこの時のことが全く記憶にないんですけど……、でも多分初めてだったのかなと思います。
菊池:そうなんですね。この作品も2作目ぐらいですからね。
藤岡:そうですよね。代表作であり、初期の作品。
菊池:はい、芥川賞も受賞しています。僕はこの作品は、以前やった芥川賞の受賞作を読むやつで……、あ、でもその前から確か読んでますね。
長嶋さん、僕の場合は、ブルボン小林の名前で最初に知りました。コラムを書くときはブルボン小林っていう名前で書かれていて。
藤岡:ちょっとサブカルっぽいイメージです。
菊池:そうですね、ゲームについてだったりとか、漫画についてとか、そういうコラムを書いてて、多分「ファミ通」で読んだ ブルボン小林さんの連載が最初に触れたやつだと思います。
そのゲームのコラムが確かテトリスについて書いてて、テトリスの開発者について書いたコラムで、それがなんか妙に印象に残って。で、長嶋有っていう名前で純文学も書いてるっていうので、その小説も読んでみて、ていう感じだったと思いますね。
藤岡:文学的なイメージの一方で、結構ポップな印象もある方ですよね。
菊池:そうですね、いろんなことをやったりしてて。
藤岡:というわけで、私が選んだタイトルが好きな本は、『猛スピードで母は』でした。
次回のテーマを決めましょう
藤岡:次回のテーマなんですけど、ちょっと提案してもいいですか。
菊池:はい、なんでしょう。
藤岡:小説じゃなくても良かったりしますかね? まぁ前回のも私、小説じゃなかったけど。……絵本とか。
菊池:いいですね!
藤岡:ちょうど菊池さん、新刊が出ますよね。
菊池:そうなんです。8月5日に『えほん思考』っていう本が出ました。
藤岡:もしよかったら、そちらのお話もしつつ、お互いに好きな絵本を持ち寄るみたいな感じとか。
菊池:あぁいいですね。そうしましょう。
藤岡:あれですよ、決して『ポータブル文学小史』が読みにくすぎたからではないですけど(笑)。
菊池:なんか合わせてもらったような感じになっちゃいますけど……。では次回は「好きな絵本」で持ち寄るっていう感じにしましょうか。
藤岡:はい、そうしましょう。
菊池:でも、迷いそうですね。
藤岡:迷いそうですね。菊池さん、めちゃめちゃ読まれてますもんね。一冊に決めろって言われたら困るかもしれない。
菊池:はい、僕の場合もそうですけど、藤岡さんは絵本ってどのぐらい読んでます?
藤岡:絵本は、うーん、結構読む方かもしれないですね。子どもに読むっていうよりも、図書館に行くと、子どもは自分が好きな本読んで、私がひとりで絵本をバーって読んでるみたいな、そういうことが多いですね。
菊池:その中から一冊選んでいただいて、次回はそれでいきましょう。
藤岡:はい。よろしくお願いします!
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大人になってから読む絵本は、また読み方が変わってくるのかもしれません。ぜひ来月もお楽しみに!
菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ
菊池良さんと藤岡みなみさんが、毎月1回、テーマに沿ったおすすめ本を持ち寄る読書会、マッドブックパーティ。二人が自由に本についてお話している様子を、音と文章、両方で楽しめる連載です。