元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第五回「秋に読みたい本」の後編をお届けします。藤岡さんのおすすめ本は、秋のホラー!
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
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藤岡みなみの「秋に読みたい本」:恒川光太郎『秋の牢獄』(角川ホラー文庫)
藤岡:じゃあ続きまして、私が「秋に読みたい本」ということで持ってきたのはこちら。 恒川光太郎さんの『秋の牢獄』です。
菊池:これ、意外なセレクトだなって思いました。
藤岡:あ、本当ですか? もう、まさに秋っていう、タイトルに秋って入っている本をわかりやすく持ってきちゃったんですけど。 この本は、角川ホラー文庫ですね。恒川光太郎さんってホラーのイメージですよね。
菊池:はい、そうですね。
藤岡:この本に関しては、めちゃくちゃホラーというよりかは、少しソフトでマイルドな、ちょっと怖くもある話っていう感じなんですけど。
まずはこの表題作ですね、「秋の牢獄」。これが本当に秋にめちゃめちゃピッタリと思って。というか、ピンポイントで11月7日にピッタリな話なんですよね、これ。
菊池:そうですね。もう1行目から書かれてますね。
藤岡:そうそう、1行目から書いてます。
私、タイムトラベルものがすごい好きで、中でもタイムループものがすごい好きなんですね。
菊池:はい。
藤岡:前にも『リプレイ』っていう小説を紹介しているんですけど、それは人生を繰り返すお話でしたが、今回の「秋の牢獄」は 11月7日を繰り返す話なんです。
菊池:秋のある一日を繰り返して。
藤岡:もう毎日同じ一日で、ずっと明日にならない。そういう現象に巻き込まれてしまう場合、真夏よりは秋がいいですよね。そういう話なんですよ。この繰り返しちゃう一日が秋でよかったっていう、ある意味そういう話なんですけど。
菊池:過ごしやすい時期でよかったっていう。
秋の行楽ループもの!?
藤岡:ループものって何が辛いって、時間の牢獄に閉じ込められること。変化しない、ずっと同じ日常が続くことで、気持ちも変になってしまう。やっぱり変化がないと人間って苦しいんですね。あと、周りの人は普通に過ごしていて、自分だけが繰り返しているっていうのがものすごい孤独なので、その「孤独」っていうのがループものテーマになってくるんですけど、この作品はちょっと違うんですよね。
菊池:うん、そうですね。
藤岡:実は11月7日を繰り返している人たちが何人もいるということにだんだん気づいていくんです。「あ、あの人も繰り返してる」って。で、その繰り返している人たちで集まるようになって、仲良しグループみたいになって。
そうなってくると、もはやループじゃないんですよ。だって、関係性とかが変化するから。同じように閉じ込められている人との人間関係の中で変化するものがたくさんあるから、ループと言っても「孤独な牢獄」ではなくて、「幸せなモラトリアム」みたいな感じになってるんです。
どうせ毎日同じで、お金を使っても明日にはそのお金は戻ってくるから、好きなことやろうぜって言って、みんなで美味しいもの食べたり、旅行行ったり、好き放題。あと主人公は、夢だったゴールデンレトリバーの子犬に囲まれたりして。こんなに楽しいループもの見たことない。
菊池:確かに。
藤岡:だから、「秋の行楽ループもの」なんですよ、ある意味。
菊池:本当、言われてみたらそうですね。
藤岡:しかも、普通は早く抜け出したいってなるんですけど、楽しすぎるからか、ループから抜け出したのでは? みたいな人が段々出てくるんですけど、そのお迎えが来るのが悲しいっていう変なことにもなってて。「ループものとは何か?」みたいなところを結構揺さぶってくる作品なんですよ。すごく短いのに。
菊池:長さ自体は80ページか70ページぐらいの短編で。
藤岡:30分ぐらいで読み終われちゃうような作品なのに。どうですか、菊池さんはこの作品。
菊池:「秋の牢獄」っていうタイトルだけ聞いて、どういう小説なのかなって想像したんですけど、その想像ともちょっと違いました。どこか物理的な場所に閉じ込められる話だったりするのかなって思ったんですけど、ある一定の一日に閉じ込められることを「牢獄」って表現してるんですよね。
藤岡:そうなんです。
菊池:この小説の中でも、台風の日じゃなくてよかったとか、そういう話をしてたと思うんですけど、秋で過ごしやすいから、主人公たちはアクティブにいろんなことをするんですよね。
藤岡:楽しんじゃってるっていう。でも確かに気持ちはわかる。だって秋って本当に短くて、私、今急いでピクニックとかしてるんですけど。「秋の牢獄」って閉じ込められたいんですよ。私も秋にずっといたいですよ、そりゃ。
菊池:確かにそうですね。ずっと秋でもいいですよね。
藤岡:そうそうそう。ずっと秋でいいのに。
菊池:そうですね。主人公たちのグループが出来上がって、毎日待ち合わせして、そっからどっか行ったりしてるんですけど、同じ一日を繰り返す人間だから集まってるんで、毎日集まってるけど、あの人苦手だなとか、そういう人間関係も面白いですよね。
藤岡:そうなんですよ。じゃあもう昨日と違う今日じゃんってなるから。喧嘩したりしてるし。
菊池:うんうん。
秋の中にできるだけ長くとどまっていたい
藤岡:一日を繰り返す小説の金字塔というか、ループものの名作といえば、北村薫さんの『ターン』っていう小説が有名なんですけど、あれは一人で同じ毎日だからとっても孤独だし、決定的なのが主人公が版画作家なんですよ。
菊池:はい。
藤岡:やっぱりアーティストにとって作品が残っていかないっていうこと、そこにもすごく絶望があるなと思って。一人だし、何も残らないしっていうのがすごく深い孤独を読みながら感じるんだけど、それと比べたらなんか全然違う環境。
菊池:そうですね。むしろ楽しんでる。
藤岡:そうそう、むしろラッキーみたいな感じですよね。
ただ、そのループから抜けて翌日に行けたかどうかはわからない。どうなるのかはいろんな解釈があって。もしかしたら、11月7日の時点で死んだ人たちだけが11月7日にずっととどまってるのかもしれない。そんなことは書いてないけど、なぜ閉じ込められたかっていうのは、作品の中で公開されないんです。
菊池:そこがこの話の怖いところというか、どうなっちゃうかはわからないんですよね。グループからある日突然いなくなる人が出てきたりするんですけど、それが、もういいやって思って一人行動するようになったのか、ループから抜け出したのか、それとも別の何かが起こったのか、わからないんですよね。
藤岡:だから、どうしてこんなことになってるのかとか、これからどうなるのかとかはわからない。だけどとりあえず最初の間は楽しく遊んでる。だから多分これ、秋に読むと、私も秋を楽しもうって思えると思う。
菊池:そうですね。ループはしてないけど。
藤岡:秋の中にできるだけ長くとどまって、まだ冬には行きたくない。
お迎えに来るものとして、「北風伯爵」っていう冬の権化みたいなキャラクターも出てくるんです。それも現実とリンクしてるっていうか、やっぱり「まだ冬になりたくないよ」っていう物語なのかもしれない。
菊池:確かにそうかもしれないですね。
藤岡:だから、すごく共感できます。
秋、部屋に閉じこもって読書をしませんか?
藤岡:この本には3つ短編が入っているんですけど、残りの2つも牢獄系というか、閉じ込められているっていうのがテーマの作品なんですよね。
菊池:そうですね。
藤岡:だから秋で今日は天気がいいけど、あえて家にこもって、家の中に自分を幽閉しながら読書を楽しむっていう、そういうシーンにもピッタリな一冊なのかなって思ってます。
菊池:うんうん。確かにそうですね。どの作品も秋にぴったりの作品ですね。
藤岡:この短い秋に閉じこもりたいという方はぜひ読んでみてください。
菊池:はい。閉じこもりましょう。
藤岡:全部短くてとっても読みやすいので。閉じこもりましょう。閉じこもって読書をしましょう。今回はそういうセレクトでした。
菊池:はい。面白かったです。
藤岡:ありがとうございます、よかった。
次回のテーマを決めましょう
藤岡:また次回のテーマを決めた方がいいですね。
菊池:そうですね。次回はもう冬か。
藤岡:うん、冬ですね。話したいテーマ、ありますか?
菊池:そうですね、じゃあ、今回『秋の牢獄』が怖い話だったので、そこから変えて笑える本とか。
藤岡:逆に。それめっちゃいいです。笑える本。知りたい。そうしましょう。
菊池:じゃあ次回のテーマは「読んでいて笑った本」ですかね。
藤岡:そうしましょう。
菊池:はい。じゃあ次回もよろしくお願いします。
藤岡:はい。よろしくお願いします。ありがとうございました。
菊池:ありがとうございました。
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秋というテーマでもお二人の全く違うアプローチ、面白かったですね。
次回は「読んでいて笑った本」です。思わず笑ってしまう本、気になりますよね。お楽しみに!
菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ
菊池良さんと藤岡みなみさんが、毎月1回、テーマに沿ったおすすめ本を持ち寄る読書会、マッドブックパーティ。二人が自由に本についてお話している様子を、音と文章、両方で楽しめる連載です。