元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第七回のテーマは「読んだら元気が出る本」です。菊池さんが選んだのは児童書の不朽の名作! どんな風に話題が広がってゆくのでしょうか。
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
* * *
菊池:第7回の読書会は、「読んだら元気が出る本」ですね。
藤岡:はい。今回の読書会は、私の体調不良で1回リスケをさせてもらったのですが、元気が出る本で元気を出して、今この場にやってきました。
菊池:テーマを決めた時は、そういう意図はなかったんですけど……。
藤岡:はい(笑)。読んで元気になって、無事復活しました。
菊池:よかったです。
藤岡:季節の変わり目は手強いですからね。菊池さんもどうぞお健やかに。
菊池:はい、気をつけます。
菊池良の「読んだら元気が出る本」:エーリヒ・ケストナー著/池田香代子訳『エーミールと探偵たち』(岩波少年文庫)
藤岡:今回は菊池さんの本からかな。
菊池:はい。僕が選んだ「読んだら元気が出る本」は、エーリヒ・ケストナーの『エーミールと探偵たち』です。
藤岡:楽しかったです、これ。
菊池:面白いですよね。エーリヒ・ケストナーっていうドイツの作家の児童文学です。
藤岡:菊池さんは子どもの頃に読んだんですか。
菊池:いえ、読んだのは大人になってからです。岩波少年文庫に入ってて、子どもの頃に読んだっていう人も結構多いと思いますね。
藤岡:私も大人になって初めて読みました。
菊池:この作品は、主人公のエーミールっていう男の子が、母方のおばあちゃんに会いに行く話です。おばあちゃんへの仕送りのお金をエーミールはお母さんから託されて、1人で汽車に乗って、おばあちゃんに会いに行くのですが、汽車での移動中に仕送りのお金が掏られて、なくなっちゃって。その犯人の正体は誰なのか……っていう小説ですね。
藤岡:小さな子どもにとっては大冒険。電車に1人で乗るだけでもドキドキしているんだけど、さらに事件が起こるっていう。
菊池:そうですね。汽車で行った先で、その街の子どもたちの力も借りて、犯人を探します。
藤岡:子どもたちが大活躍する物語ですよね。
菊池:そうなんです。冒険譚なんで、読んでてすごくワクワクドキドキして、元気が出る作品です。
作者自身が楽しんで、自由に書いている
菊池:ケストナーの他の作品もそうなんですけど、大人が読んだら不思議に思うような書き方をしてる小説だと思います。
藤岡:それはどういうところですか。
菊池:まず、前書きがしっかりありますよね。『エーミールと探偵たち』にも最初に「話はぜんぜんはじまらない」っていう章があります。
藤岡:はい、はい。物語と全く関係ない前書きですよね。
菊池:そうですね。これはいわゆる作者の言葉で、作者がこの話を書くきっかけについて書いています。でも、普通の小説だと作者って出てこないと思うんですよ。それに、普通の小説だと前書きってあんまりないですよね。しかも、作者が語りかける形で。
藤岡:なんか、メタから始まっていますね。
菊池:そうなんですよね。それがまず面白いなって思いました。さらにその前書きが終わると、10枚の絵の説明が続きます。いろんな登場人物の絵が出てきて、それに対してこういう人ですよみたいなものとか、銀行などの物語の舞台の絵もあるんですけど。こういう書き方も見たことなかったなって思って。
藤岡:そうですよね、最初ちょっと戸惑いましたもん。どういうことだろうって思いながら前書きと10枚の絵のところを読んで、その後からようやく物語が始まる。
菊池:さらに、はじめにある10枚の絵以外にも、物語の中にも挿絵があって、それに対して文章があったりもして、そこだけ見ると、絵本とか漫画みたいにも見えると思います。
そういうページの後で肝心のストーリーが始まるので、自由な本だなっていう印象が最初にありましたね。
藤岡:そうですね。あと、作者をモデルにしたキャラクターも出てきますよね。
菊池:そう、本編にケストナーさんが出てきます。エーミールとも関わりがあるんですよね。
藤岡:はい。自分の分身を登場させるなんて、すごく楽しんで書いているなと思いました。
菊池:そう。自由に楽しく書いてるなっていうのが、すごく伝わってくる作品で。自分も書き手なので、こんなに自由に書いていいんだっていうところでも、読んでいて元気が出ますね。
藤岡:なるほど。作家として勇気づけられるっていう側面もあるんですね。
菊池:そうですね、話自体もすごく面白いんですけど。
汽車に乗っているエーミールが居眠りしまって、その夢の様子を描いている「めちゃくちゃ走りまくる夢」っていう章があるんですけど、いきなり話の本筋とそんなに関係ない夢の話が続くっていうところも、すごく面白いなって。
藤岡:確かにカットしてもいいんじゃないかと普通だったら思いそうなところを、のびのびと書いてる感じですよね。
菊池:そして、次の章で目を覚まして、ポケットから仕送りがなくなっていることに気づくんです。この夢のシーンは、そんなに構築的に書いていない感じがします。書いていたら思いついたから書いたように見えるというか。
ハッピーエンドのその先もたっぷり
藤岡:私が思ったのは、めちゃくちゃハッピーエンドじゃないですか。
菊池:はい。
藤岡:しかも、ハッピーエンドのその後の部分がめちゃくちゃ長くて、それが私のこの作品で一番好きなところです。映画とかでもそうですけど、後日談をどこまで書くかって、割と作者の美学が見えるところだなと思っていて。
映画だとあえてちょっとしか書かないみたいなこともあったりするけど、私はやっぱり、エンドロールのその後を知りたい気持ちがあるので、こんなにたっぷりハッピーエンドの後の楽しい場面を書いてあるのも、元気が出るなと思いました。
菊池:確かにそういうところも楽しいですよね。プロットを先に作って書いたような感じじゃなくて、書いてたら楽しいから書いちゃいましたっていう、筆が乗っている感じがして。
藤岡:そうなんでしょうね、きっと。
菊池:確かに、エンドロールの後が、映画で言うと10分ぐらいあるような。
藤岡:そこって、サービス精神の部分じゃないですか。読者に想像させるのもいいけど、でも私はあればあるほど嬉しい。微笑ましくずっと見てられるんで。それが思ったより長くて、しかもずっとお金の話してるのも可愛いし。
菊池:本当そうですよね。楽しんで書いてることが伝わってくる小説になっていますよね。
子ども時代の冒険を思い出す
菊池:初めて読んだ時は、名作だという前評判を知ってはいたのですが、こんなに楽しくて自由な小説だとは思ってなかったんで、そういう意味でもすごく意外性があって、心に残ってる小説ですね。
藤岡:そうなんですね。
展開も面白いけど、細部もすごく面白くて。例えば、お母さんが「私に言うみたいなぶっきらぼうな話し方を他の大人にしちゃダメよ」って言ったりとか。あと、エーミールのいとこの女の子が探偵になった男の子たちに差し入れを持ってくるシーンで、みんなもう朝食は食べていたけれど、せっかく持ってきてくれたから美味しく食べたとか。そういう細かいところがとっても好きでしたね。
菊池:そうなんですよね。そういう細部のユーモアもあったりして。子ども時代、1人で電車乗ることがすごい冒険だったこととか、探偵ごっこが楽しかったことを思い出しますよね。
藤岡:私も思い出しました。7歳かそのぐらいの時、公園に何かの骨が落ちてたんですよ。これは何の骨か今から私たちは探偵になって調査するぞ!とか言って。 鳥の骨なのかとか、他の動物の骨だったらどうしようとか、交番に届けた方がいいのかとか。 結局ケンタッキーのチキンの骨かなんかだったと思うんですけど、自分たちの日常に事件が起きて、それを解決しなきゃいけないみたいな、その使命感。事件を楽しむ気持ちを思い出しました。
菊池:その話自体も小説になりそうです。
藤岡:ケンタッキーの骨事件。
菊池:あと、このイラストもすごく好きです。
藤岡:イラストいいですね。間に結構挟まってきますが。
菊池:そうですね。表紙とかもそうなんですけど、子どもの頃の心を思い出させるような、緩いんだけど、なんかいいんですよね。
藤岡:うん。頭の中のイメージと全然変わらないというか。シンプルなイラストなんですけど、物語の世界観にぴったりあっていますよね。
菊池:本当そうなんですよね。ケストナーの児童文学にはみんなこのタッチの絵がついています。
藤岡:同じ人が描いているんですか?
菊池:そうですね。ウォルター・トライアーさんという方が描いています。この絵もすごく好きで、家に置いておきたくなりますね。
藤岡:読み終わった後に、最初の前書きと10枚の絵をもう一度見ると、じんわりきます。最初は全然ピンと来なかったものが、1枚1枚すごく愛おしいものに感じるというか。
菊池:うんうん。読み終わった後にこの10枚の絵見ると、話を思い出すし、すごく効果的になってるなって思いますね。
藤岡:いや、すごく元気が出ました。
菊池:こういう作者が登場したりとか、絵を使って説明したりとか、そういう普通の小説でやると実験的って言われるようなことが、児童文学だと結構さらっと、しかも面白がらせようっていう形でやれていて。そこもすごくいいなって思います。
『エーミールと探偵たち』エーリヒ・ケストナ―でした。
藤岡:元気がない人にぜひおすすめしてください。
菊池:僕も読み返して元気が出ました。
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来週は藤岡さんの「読んだら元気が出る本」をお届けします。お楽しみに!
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