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菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ

2024.12.19 公開 ポスト

藤岡みなみが「読んだら元気が出る本」は日常の愛おしさに気づかされる『大丈夫マン』菊池良(作家)/藤岡みなみ(エッセイスト/タイムトラベラー)

元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。

毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第七回「読んだら元気が出る本」の後編です。藤岡さんは、この読書会で初めて、漫画をセレクト! お二人はどんな風に読まれたのでしょうか。

 

読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。

*   *   *

藤岡みなみさんの「読んだら元気が出る本」:藤岡拓太郎『大丈夫マン 藤岡拓太郎作品集』(ナナロク社)

藤岡:では今度は私が選んだ本をご紹介します。今回初めて、漫画を持ってきました。

菊池:そうですね!

藤岡藤岡拓太郎さんの作品集で『大丈夫マン』です。元気が出る本と言えば、このタイトルとこの表紙が浮かんできました。主に1ページ漫画の作品集で、たまに1ページ以上の漫画もあるんですけど。
表紙も漫画になっていて、それが表題作の「大丈夫マン」という作品なのですが、見るだけで笑ってしまう。大丈夫マンは水泳パンツを履いた裸のおじさんで、胸元に「大丈夫」って書いてある。「不安とか心配ごとをわたしにぶつけてごらんなさい」って言うんだけど、ぶつけるとすごいくらって、血反吐を吐いて寝込んでしまうっていう。
この「大丈夫マン」っていう作品自体は、藤岡拓太郎さんが疲れて元気がない時に、自分のために書いた漫画らしくて。 自分を大丈夫マンに癒してもらおうと思って書いたら、いろんな人の心も大丈夫マンによって癒されたんです。

菊池:そういうことがあとがきにも書かれてましたね。

藤岡:そうなんです。本の内容は、ずっと大丈夫マンが出てくるわけじゃなくて、それぞれ別の短編漫画なんですけど、結構不条理系というか。この言葉でまとめたくないけど、シュールな感じなんですよね。「突然!」「急に!?」みたいな、そういうところがとっても面白くって。よくある4コマ漫画のような、「起承転結」「落ち」という感じにはなっていなくて、「……何この世界?」みたいな、全部の作品に余韻がすごく残る。

菊池:そうですね。

藤岡:それが私はとても好きで。日常の中の言葉にできない瞬間ってあるじゃないですか。

菊池:はい。

藤岡:それが散りばめられてるというか。藤岡拓太郎さんの目に映る世界って、こんなふうにヘンテコで愛おしい感じなんじゃないかなって想像するんです。

菊池:うんうん、 そうですね。

日常の中の何気ないシーンで、人生の愛おしさを思い出す

菊地:本のタイトルが『大丈夫マン』で、作品ごとにもタイトルがついていますが、そのタイトルも作品を補強してて、面白いですよね。

藤岡:そうなんですよ。私が好きなタイトルは「桃太郎を擬音だけで語る父」。子どもを寝かしつける時に「昔、昔あるところ……」にとかじゃなくて、桃太郎に出てくる擬音だけを枕元で喋ってあげてる。
それだけでも面白いんだけど、最後のコマが何回見ても笑っちゃう。足で障子を破っちゃうっていうコマで、情けないんですけど、でもこれあるよなとも思って。そもそもなんでこんなことしてんのかわかんないし、しかも情けない結果になることって、人生の中にあるけれど、取り立てて日記とかには書かない部分というか、「今日こんなことがありました」「こう思いました」じゃない部分が切り取られている。

菊池日常の中の何気ないシーンですよね。この「桃太郎を擬音だけで語る父」も、子どもに対して擬音で読み聞かせをしてるっていうところまで終わってもいいんですけど、なぜか障子を破るところまで書かれていますし。

藤岡:あと「『おいしい』を『うれしい』と言うおっさん」っていうタイトルでは、「おいしい」って言うところを「うれしい! うれしい!」って言いながら食べてる。

菊池:なんでしょうね。それだけで面白いですよね。

藤岡:そうなんです。だから元気がない時にこの本を読むと、自分の人生の愛おしさを思い出すんです。見過ごしてるくだらないシーンが世界には多分たくさん溢れていて、それが可愛いなとか、人間可愛いなって思い出せるような感じがします。

菊池:僕が好きなのは「キャベツだけ買った人」です。

藤岡:これ、かなり異色な漫画ですよね。

菊池:そうですね。本当にキャベツだけ買った人なんですよね。

藤岡:キャベツだけ買った人がただ通り過ぎていくっていう。「キャベツだけ買った人って変だよね」とか「キャベツだけ買った人ってこうだよね」ではなくて、キャベツだけ買った人という、そのものを味わう。

菊池:そうですね。あと背景も好きで。駐車場の脇にある自販機だけが書かれてて、こういう場所あるよなみたいな。

藤岡:しかもこれ、同じ絵が3コマ続いてるけどコピーじゃないっぽくて。

菊池:あ、本当だ。全部一から書いてますね。

藤岡:かなり細かい、精密な自販機の絵ですね。こういう駐車場の横の自販機とそのゴミ箱って、物語からはこぼれ落ちる部分というか。

菊池:うん、出てこない。

藤岡:3個も連続でピックアップされるようなものじゃない。その着眼点がとっても素敵。

菊池:本当ですね。しかも、この場所ってみんな知ってると思うんですよ。駐車場の脇の自販機。絶対に見たことがある。

藤岡:みんな見てますよね。見てるけど、絶対日記には書かないシーン。

菊池:見過ごしてる感じはありますね。

世界への優しいまなざしと、物語の余韻

藤岡:藤岡拓太郎さんはお笑いとかラジオが大好きで、お笑いに救われた経験があり、そんなお笑いみたいなものを漫画で表現したいってあとがきにも書いてるんですけど。そういう所は作品にもにじみ出ていて、この本には「お笑い大好き男女の文通」とか「ラジオ大好き家族」というタイトルもあります。
「お笑い大好き男女の文通」だと、女の子が「ギャルのパイロットが、フライト中に彼氏に送っていたLINEを教えてください。」って大喜利のお題を手紙で送って、その返事が男の子から届いてワクワクしながら開けたら「乱気流って決めつけるなし(絵文字)」。これで「はぁ~好き……」ってなるんですが、もうめちゃくちゃ可愛いし、面白い。

菊池:大喜利のやり取りを文通でするっていう。いや、よく思いつくなとも思いますし、本当になんか可愛いですよね。

藤岡:可愛い。そう、可愛いって思う瞬間が多いんですよね。

菊池:藤岡さん自体が、世界を否定してないというか。

藤岡:そうなんですよね。藤岡さんの世界への優しいまなざしをすごく感じる。ギャグ漫画なんだけど。

菊池:変な人もいっぱい出てくるんですけど、それを否定的に書いてない。「この人変だよね」みたいな感じで書いてない気がします。

藤岡:そうですね。それって多分かなり難しいと思う。最近はお笑いとかでも、これは笑っていいのか、それとも馬鹿にしてるのか、その線引きって議論に上がって、難しい部分もあるじゃないですか。あの人変だよね、嫌だよねっていう笑い方って、やっぱりしたくないと思ったりするんですけど、藤岡拓太郎さんのお笑いは、みんな変だし、みんな可愛い。そこが実は結構難しいというか、今の社会において課題になっているところなのかなって思うんです。

菊池:うんうん。いや、本当そうだと思います。この本の中にはツッコミがいないんですけど、それで十分面白いし、世界が成立してるっていうのはすごいです。

藤岡:ツッコミがいないからこその余韻や味わいというか、1つの言葉に集約されないで広がって、絵が作り出す世界の余韻と味わいが深い感じがします。

菊池:うんうん、そうですね。

藤岡:藤岡拓太郎さんが、世界をとても優しいまなざしで見ていて、かつ瞬間を切り取るのがうまいというところでいうと、少し前から「パレスチナ連帯カード」っていうのを作られていて。いろんな書店で買えたりするんだけど、ポストカードの売り上げをパレスチナ支援のために寄付するっていう、すごくいい活動なんです。
そのポストカードには12個の絵が描かれているんですけれど、読みかけの本とか、使いかけで短くなった鉛筆とか、片方だけの靴下とか、生活の瞬間っていう感じのものが並んでいて。1人1人の生活がそこにあって、彼らの生活を想像しようって意図で生活の瞬間を切り取ったイラストたちなんだと思うんですけど。こういうご活動とか発信も、とても精力的にされている方なんですよね。

菊池:そうなんですね。非常に稀な世界観を作れる方だと思いました。

デザインにも様々なこだわりが!

藤岡:元気がない時はぜひ『大丈夫マン』を。表紙が箔押しなんですよね。銀色の。 1ページ漫画がそのまま表紙になっていて、全部箔押しなので、大丈夫マンが吐いた血反吐とか、その血が全部、銀色の箔押しになっていて、そんなの初めて見ました。

菊池:すごく面白いデザインですね。

藤岡:キラキラ輝いてる表紙なので、これも表紙が見えるように飾っておくと、生活の中でお守りになるかもしれません。

菊池:うんうん、そうですね。あと、大丈夫マンの歌も。

藤岡:あ、そうそう、裏表紙には大丈夫マンの歌が載ってるんです。

菊池:これは実際に曲があるんですか?

藤岡:作詞作曲って書いてあるから、あるのかな……?

菊池:表紙が1ページ漫画で、裏表紙には歌詞が書いてある。デザインも特殊ですよね。

藤岡:そうですね。表紙だけを見ても新しいことをたくさんやってます。デザインでいうと、このブックパーティの担当編集の黒川さんが言ってたのが、急にカラーの漫画があるのと、「急に哲学的な女子高生」の絵文字だけがカラーだって言ってて。私気づかなかった……。 白黒なんだけど、絵文字だけカラーになってて。

菊池:本当だ。

藤岡:言われてみれば、細かいところもすごくこだわってますよね。

菊池:そうですね、すごいですね。この本も、他でやったら実験的って言われそうなことを、さらっと「面白い」っていう形でやってて、そういうところもすごいですね。

藤岡:そうなんです。もしかしたら元気がない人にプレゼントしてもいいかもしれない本ですね。

菊池:本当ですね。お笑いが好きな人とかにもぴったりです。

藤岡:ぜひ、周りの人に勧めてほしい本です。 というわけで、藤岡拓太郎さんの『大丈夫マン』でした。

次回のテーマを決めましょう

菊池:では、次のテーマですかね。

藤岡:はい、そうですね。この対談が始まる前に、2024年ベストを話したいねって言ってたんです。気になりますね、菊池さんの2024年ベスト。

菊池:そうですね。ただ、1冊に絞るのが結構時間かかりそうで……。

藤岡:そうそう、わりと適当にやれないテーマなので、ちょっとこれは考える期間を長めに取らせてもらって、次の次の回にしましょうか。

菊池:そうですね。

藤岡:なので、次回は……何がいいですかね。

菊池:今回は「元気が出る本」でした。なので次回は、読後感じゃないところをテーマにしたいなと思って、「登場人物がいっぱい出てくる本」とか、どうですか?

藤岡:面白い! そのテーマ。

菊池 :では「登場人物がいっぱい出てくる好きな本」にしましょうか。

藤岡:うわー、どれだろうな。ちょっと考えます。「全然それだと少ない!」って言われるのも恐れずに、ちょっと考えてみます。

菊池:じゃあ、次回もよろしくお願いします。

藤岡:よろしくお願いします。ありがとうございました。

*   *   *

次回は「登場人物がいっぱい出てくる本」をテーマに本を持ち寄ります。皆さんもぜひ、どんな本があるか、考えながらお待ちくださいね。年末年始にはぜひ、マッドブックパーティで取り上げた14冊も、読み返してみてくださるとうれしいです。よいお年を!

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菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ

菊池良さんと藤岡みなみさんが、毎月1回、テーマに沿ったおすすめ本を持ち寄る読書会、マッドブックパーティ。二人が自由に本についてお話している様子を、音と文章、両方で楽しめる連載です。

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菊池良 作家

1987年生まれ。「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」シリーズ(神田桂一氏との共著)は累計17万部を突破する大ヒットを記録。そのほかの著書に『世界一即戦力な男』『芥川賞ぜんぶ読む』『タイム・スリップ芥川賞』『ニャタレー夫人の恋人』などがある。

藤岡みなみ エッセイスト/タイムトラベラー

1988年、兵庫県(淡路島)出身。上智大学総合人間科学部社会学科卒業。幼少期からインターネットでポエムを発表し、学生時代にZINEの制作を始める。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。文筆やラジオパーソナリティなどの活動のほか、ドキュメンタリー映画『タリナイ』(2018)、『keememej』(2021)のプロデューサーを務める。

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