のらりくらりと自由に書かせていただいているこの連載、読んで下されば嬉しい限り。本年もお付き合い、よろしくお願い致します。
さて1月、毎年あわただしく過ぎてゆく正月だが、ボクは今年、ほとんどお正月らしいことをしなかった。
初日の出も拝まなかったし、初詣も行っていない。お雑煮も食べていないし、おせち料理も食べていない。したことといえば、うちの子供と親戚の子供にお年玉をあげたくらい。なんらお正月らしさも味わっていないのに、出ていくものだけは出ていったような気がする。
それもすべて、おせち料理の注文を断念したところから始まっている。
年の瀬に、ちょっといいおせちでも頼もうかとネットで検索してみたが、どれもこれも高い、高い。数万円は当たり前。数十万円や100万円を超えるおせちがずらりと並ぶ。
無理、無理、無理。
今まで興味がなかったというのもあるが、高級おせち料理を食べたことがないボクからすれば、即決なんてできそうにない。
高級おせちがボクを挑発する。
「おい、お前。お前は高級おせちを食べれる器なのか?」
パソコンの画面に向かいボクはプライドを見せつける。
「君らは高級とかプレミアムとか言ってるけど、本当に料金に見合うだけの価値があるのかい?」
どうしても、おせち料理に何万円もの価値が見いだせない。ま、縁がない者のひがみだと思うが。
でも、人間という生き物は現金なもので、数万円、数十万円するおせちばかりを見ていると、だんだん感覚が麻痺してきてしまう。その後に1万円台のおせちを見ると、
「なんだこのセコイおせちは」
と、ついつ上から目線で評してしまう。買いもしない、買えもしない、買う勇気もない、一番セコイのはボクだというのに。
そんな中見つけたのが5000円台のおせち料理。こじんまりと収まってはいるが豪華に飾られている。「これは拾い物をした!」
と一喜したが、よく見てみると犬用のおせち料理と分かり、すぐに一憂。
犬用って……。大事な家族の一員だけど、5000円のおせち料理を食べる犬がいるという事実がボクの心に突き刺さる。明らかにボクより良い物を食べてるよ。
「格差だ、格差」とぼやきながら、お正月のワンコ商品を知りたくなり調べてみる。
犬用の年越しそば、犬用お雑煮、犬用七草粥、犬用おしるこ、獅子舞の服や袴に振袖。犬のおもちゃでは、新巻鮭や鯛のぬいぐるみ。まさにワンさか、ワンさか際限なく出てくる。
『ワンワンアンアン、ワンワンアンアン』
楽しそうに飼い主とじゃれ合うチワワの映像がボクの頭上を駆け回る。ハートは完全に打ち砕かれ、ボクの気持ちはおせち料理からどんどん遠ざかっていった。
結局、ちょっといいおせち料理を注文する決断はできず、時期は過ぎ、年が明けてしまった。
いつかボクが高級おせちを買うときは来るのだろうか。どんどん豪華さを増すおせち料理。そのうち、とんでもないトラブルを招いてしまわないだろうか。
≪おせち料理殺人事件≫
隣家の外観が、テレビで映されている。
ニュース番組、お手伝いさんらしき人物、ハンカチで目を押さえ何かを話している。そういえば、昼過ぎから外が騒がしかったかもしれない。
うちは正月にもかかわらず、旦那が出かけワタシ一人だけ。喧騒とは縁遠く、何の音もしないというのに。
リビングにあるテレビ。
いつの間にか、ワタシに音声を消されてしまっている。
流れる映像。歪んだ顔、神妙な顔、無機質な顔を、ワタシはソファーに体を沈み込ませ、ぼんやりと眺めている。
事件。事故。政治家でも亡くなったのだろうか。
隣の家の素性を、ワタシは知らない。近所の人間でも知っている人がいるのかどうか。ワタシも近所付き合いはいい方ではないが、隣家の住人ほどではいない。
2年前の冬、隣の空き地に大きな屋敷が建てられた。全面を真っ白な高い塀で覆われ、玄関まで真っ白。表札もなく、一見しただけでは入口を見つけるのも難しい。どこから入り、どこから出るのか。まるで雪でできた要塞のよう。
住んでいる人間も靄の中。かろうじて、奥さまらしき人物を何度か見かけたが、こちらの会釈に何かが返ってきた覚えはない。時折、高級外車が地下の車庫から勢いよく出ていった。車体のリアガラスにトマトのステッカーが貼られた深緑色の車が。
知っているのはこれくらい。
ご主人は何をしている人? 子供はいるの? お年寄りは?
伝わってくる情報は何一つなかった。
マイクを持ったレポーターが隣家の前に立っている。眉間にしわをよせ、お茶の間に向かい口を動かしている。画面の左上には『現場から生中継』のスーパー。
テレビの音声を上げてみる。
「鴛永(おしなが)さん夫妻には、刃物のようなもので刺された無数の傷があり、捜査当局はこの刺し傷が致命傷になった可能性が高いとみています」
人が、殺されている。ワタシの家の隣で。
「ご主人の鴛永久一さんは、キッチンでうつぶせの状態で発見されました」
知っている。今まで全く知らなかった隣人を、ワタシはよく知っている。ワタシだけでなく、多くの人が彼を知っている。
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うたかたパンチ
お笑いコンビ「松本ハウス」の松本キックが、日常に紛れる些事を凝視し昇華。あくまで真面目、でも不思議、そしてちょっと天然なエッセイ。