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2014年2月から9回にわたって連載され、凄まじい反響を呼び起こした中村淳彦さんの『ルポ 中年童貞』が、大幅な加筆を施され、1月30日に出版されます。大反響の背景にあったのは、「日本の30~34歳未婚男性の26.1パーセントが童貞」というショッキングな事実。「中年童貞」は当事者・非当事者にかかわらず、あまりにも身近な存在なのです。そこで今回は中村さんに加え、書籍内で、中年童貞が生まれる元凶を「母親に育児と家事を押しつける社会」と分析し、また同じ日に新刊『男しか行けない場所に女が行ってきました』(イースト・プレス)を発売する、漫画家の田房永子さんを招き、意見を交わしてもらいました。(聞き手・構成:稲田豊史 イラスト:田房永子)

高校のクラスの「下から3割」

田房さんの新刊は、エロ本の取材現場を「女目線」で覗いたら気づいてしまった「男社会」の真実を描いたイラストエッセイ

中村 幻冬舎plusで「ルポ中年童貞」の連載を始めたときに、田房さんから「楽しみにしてます!」とメールがきたんですよね。たしかそのだいぶ前にも、僕がライター業を諦めて2008年に転職した介護事業の現場で、職員の中年童貞が“あまりにもひどい”とツイッターでつぶやいていたときにも、田房さんがダイレクトメールをくれた。僕は、長期間に及ぶ職員のトラブルの共通項として“中年童貞”というキーワードが見つかって高揚していたんだけど、田房さんは、何がひっかかったんですか?

田房 中村さんが注目する題材は面白いなとつねづね思っていたので、楽しみでした。私は『母がしんどい』といういわゆる“毒親”モノの本を書いたんですが、WEB連載の「ルポ中年童貞」を読んだとき、「中年童貞」も親との関係が大きいんじゃないかと感じました。母親から“胎児扱い”された場合、女は苦しみを感じやすいけど、男は社会全体を「羊水」だと思って生きていける、そういう社会システムが、中年童貞を生み出してるのかも……と。

中村 “母親から胎児扱いされる息子”ですね。お腹にいるときと同じように、息子に人格を認めず、すべての行動に介入して甘やかす。結果として社会を羊水と勘違いした男が中年童貞化する。これは目からウロコの指摘でした。介護現場で問題を起こす中年童貞は一人じゃなかったけど、生活環境や発言、履歴をたどると、全員が実家住まい、現在進行形で母親と同居している、過去に親の会社で長年働いているみたいな共通点があった。
そういうわけで、僕のまわりには、中年童貞がたくさんいたのですが、田房さんはどうですか?

田房 う~ん? どうだろう……。

中村 田房さんのいる出版業界は、社会のヒエラルキーで言うと中の上より上だからいないかもしれないですね。たとえば高校のクラスで女の子と普通に話せる男の子って、いいとこ上から1、2割くらいだったじゃないですか。で、真ん中の5、6割は大人になる過程で頑張って克服して、黒歴史を積み重ねて成長しながら女の子と話せるようになる。その壁から逃避して、しかるべき年齢でチャレンジしなかった下位3割が中年童貞になりがちなんです。

処女信仰と“メンタル童貞”

田房 ただ、私、「ルポ中年童貞」を読んで、「20代前半の頃に付き合っていた元彼は童貞だったんだ」とわかりました。

中村 肉体関係はあった…んですよね? なのに童貞ってどういうことですか?

田房 精神的な童貞、メンタル童貞ってことです。

中村 メンタル童貞(笑)。

田房 当時彼と交換日記をしていたんですけど(笑)、ある日、明らかに何か書いてから消しゴムで消した跡があって。でも、筆圧が強いから、まるまる読めてしまったんです。そこには「君が男とやったことがあるってことを昨日知って、びっくりした。もう付き合えない」と書いてありました。こっちもびっくりして、「セックスしたことがあってごめん」みたいな感じで、そのあとからは「あなたが初めての人」という態で、別れるまで7年間過ごしました。向こうも分かってるのに。彼にとっては重要なポイントだったんでしょうね。

中村 それは、完全に童貞特有の処女信仰ですね。取材のなかで、「付き合うんだったら処女しか耐えられない」というメンタリティの人はとても多かった。特に秋葉原の取材では、会った中年童貞全員が処女信仰を唱えていました。「処女じゃないと自分が他の男と比べられて負ける」という恐怖感が底にあるんだと思います。

田房 私の元彼だけじゃなくて、「女を一人の人間としてカウントできない男」は、みんなメンタル童貞だと思います。既婚者でも子持ちでも、メンタル童貞はたくさんいますよ。

中村 中年童貞の取材に同行してくれたこの本の担当編集者・竹村優子さんは「中の上より上」の出版社勤務なわけですが(笑)、どう思います?

竹村 独占欲が強かったり、他の男を必要以上に気にしたりするのは、童貞気質をひきずっている、まだ大人の男になりきれない成長途上という感じですよね。

中村 中年童貞はたぶん全員が精神年齢が低い。普通の男は、自分の彼女が今まで付き合った男と比較されて傷ついて、恥ずかしい黒歴史を作りながらも、それを克服して成長していくけど、中年童貞はそういうプロセスを経験していない。できるだけ避けて、自分の想像と違う女性を見下して疑似恋愛で停止する。現実には絶対にありえない二次元に深くハマるのはその典型です。女性は基本的に腹黒い、それで計算高い。中年童貞が理想とするような、ひたすらケアしてくれる天使のような女性は現実社会には一人もいないのに。

 

関連書籍

中村淳彦『職業としてのAV女優』

業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか? 長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。

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『ルポ中年童貞』刊行記念対談 中年童貞はなぜ増えているのだろう? ~その社会と構造を考える~

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田房永子 漫画家

1978年生まれ、東京都出身。漫画家、コラムニスト。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。他の著書に『ママだって人間』『キレる私をやめたい』『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』『喫茶 行動と人格』などがある。最新刊は『女40代はおそろしい』。

中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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