ある時は人類未踏の地に分け入り、ある時は暗闇の中で氷雪を踏み歩く。命を賭して探検するノンフィクション作家・角幡唯介さん。初めての読書エッセイ『探検家の日々本本』の刊行を記念した対談のお相手は、角幡さん自身のご指名により鈴木涼美さん! 鈴木さんは著書『身体を売ったらサヨウナラ』や幻冬舎plusの連載「愛と子宮が混乱中」で話題沸騰中の社会学者。ハードな探検ばかりしている角幡さんが、なぜ女性の専門家のような鈴木さんを? 元新聞記者という以外には、なんの共通点もなさそうな二人。果たして対談は成立するのか?
文 日野淳 写真 有高唯之
「俺にはできない」と「私にはできない」
角幡 今日はありがとうございます。鈴木さんが『身体を売ったらサヨウナラ』を出された時はどなたかと対談されたんですか?
鈴木 池袋リブロでイベントをしました。AV監督の二村ヒトシさんと社会学者の開沼博さんと鼎談のような形で。
角幡 僕もいつかそういうイベントをやってみたいんですよね。
鈴木 角幡さんは外でやるべきじゃないですか。山とかで。そこまでサバイブしないと誰も見られないという(笑)。
角幡 誰も来てくれないでしょう(笑)。
鈴木 今度、下北沢にある本屋さんの「B&B」でもイベントをするんですけど、「B&B」って昔、私が通っていた歌舞伎町のホストクラブと同じ名前なんです。だから事情を知っている人は私のツイッターを見て、ホストクラブでトークショーをやるんだ! と思っているという。
角幡 それは新しいですね。
鈴木 私のことを知って頂いていたんですかね?
角幡 新聞の書評委員をやっていて、その時に前の本『「AV女優」の社会学』を読む機会があったんです。すごい文章を書く方だなあと思って、印象に残っていました。
鈴木 ほんとですか!
角幡 幻冬舎plusでの連載(注:『身体を売ったらサヨウナラ』の元となった連載「お乳は生きるための筋肉です」)も何回か読んでいたし、週刊誌でいろいろ書かれたこともあったじゃないですか。それで気になっていて、今回の対談のお相手として「鈴木さんはどうですか?」と。本のプロフィールには、会社を辞められたのが2014年の秋と書いてありましたけれど、連載中も新聞記者をやられていたんですよね。よくこんな文章を書く人が新聞記者をやられてたなあと思います。
鈴木 その時は整理部で、レイアウトを作って見出しをつけるっていう部署にいました。紙面編集の仕事をしていたので、文章を書くっていうことを会社ではあまりしなくなっていた時期だったんです。
角幡 それなりに時間があったということですか。
鈴木 時間を見つけて書いていました。会社に泊まりの日とかは、自分のMacBookでコソコソ書いてました。さすがに会社のパソコンを使うのは憚られたという。
角幡 会社ではどんな記事を書いていたんですか? 夜の経済新聞みたいな?
鈴木 ぜんぜんですよ(笑)。地方自治法改正についての記事とか書いていたんで。新聞社に入らなければ書かなかったような記事を書くことが多くて、それは楽しかったですね。ちょっと違う自分を発見したみたいな。
角幡 意外ですね。すごくフラストレーションを溜めて辞めたのかと思ってました。それはそれで楽しかったんですね。
鈴木 ずっと同じところにいると飽きちゃうタイプなんです。それに書いているテーマや自分の黒歴史とかもあって、この先、会社にいると面倒くさいことになるなと思って。
角幡 いやあ、激しい生き方をしてるなあって思います。
鈴木 激しくなんかないですよ。私、山で死にかけたりしてませんし。
角幡 男の悪い癖かもしれないけれど、すぐ「俺にはできない」って考えるんです。この間、山形県のとある寺にある即神仏についての新聞記事を読んで笑っちゃったんですけど、女の人は即神仏を見て「優しい顔ですね」って言うらしいんです。男はそこで「俺にはできない」って言う。即神仏と比べたら失礼だろうとは思うんですけど、なんとなく分かるんですよね。僕も鈴木さんの本を読んで「俺にはできない」と思いました。
鈴木 そうですかねえ。
角幡 僕の本を読んだ人のレビューにも、「俺にはできない」って結構書いてあるんですけど。
鈴木 そう思います。普通に考えると絶対に真似できないですよ。そういう人がいることはテレビを見て小さい頃から知っていたけど、あまりに違う世界すぎて「私にはできない」って思います。それと私は女だから「こういう人と付き合ったらどんな感じかな」と考えます。風邪とか生理痛で辛い時にヒマラヤから帰ってきてくれるのかなあって。