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『探検家の日々本本』刊行記念対談 角幡唯介×鈴木涼美 危険でも行かなくてはならない場所、書かなくてはならないこと

2015.02.11 公開 ポスト

『探検家の日々本本』刊行記念対談 角幡唯介×鈴木涼美 危険でも行かなくてはならない場所、書かなくてはならないこと

第1回 自然でも子宮でも一緒じゃないの?角幡唯介/鈴木涼美


異性がいなくても完結できる幸福はあるか?

角幡 鈴木さんは結婚に憧れてるわけでも、子どもがほしいわけでもなくて、一般的な女の人の幸せをケッと思って生きてきたってことを書かれてるじゃないですか? 

鈴木 まあ、そうだと思います。

角幡 でも絶対、男が絡むわけですよね。自分の生き方とか「キラキラ」している世界には、必ず前提として異性との関わりがあるじゃないですか。そういう感覚がたぶん男にはないんです。男がみんなそうかはわからないですけど、僕にはない。

鈴木 女抜きで完結できる幸福があるってことですか?

角幡 女が自分の生きている本質的な証明になるわけではないって感じです。

鈴木 女の場合は男のために化粧するわけじゃないけど、男がいなかったら化粧しないだろうなみたいことですよ。すごく両面価値的なんです。男の人のために生きているわけじゃないけど、男の人がこの世からいませんってなったら生きたくない。

角幡 うーん、なるほど。

鈴木 夜のお姉さん的なことをしていると自分に価値を付けてくれるのは男の人だから、自分の存在を承認するのも男の人たちです。でも男だって、モテるかモテないかで人生を決めたりすることがあるじゃないですか。「モテたいからバンドやったんだよね」ってスタンスで語るミュージシャンとかいますよね。探検家になったらモテるって感覚はなかったんですか?

角幡 それはないですよ(笑)。若い頃はどうやったらモテるのかは考えました。でも若い頃のモテたいという感覚はいい女とセックスがしたいという性欲の裏返しにすぎないところがある。男にとっての性欲はすごく刹那的な、一過性の感覚で、それは必要ではあるんだけれど、それとは違うところで生きている証明が欲しいっていうのがあると思うんですよね、男って。異性とのやり取りはあくまで自分の生き方の……。

鈴木 飾り? 余暇?

角幡 そういう感覚が確かにあったんですよ。

鈴木 でも得体の知れない、よく分からない場所へ探検に行くことでなにか見えるものがあるのならば、行く先がジャングルでも子宮でもそうじゃないですか。だから女に対峙するのと自然に対峙するのは同じようなもんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう。別なんですか? 女は女で戻ってくる場所みたいな感じ?

角幡 異性とつきあうことは、自然と対峙するうようなものでしょうね。でも、僕は人間が苦手だったんですよ。新聞記者の仕事でも取材って人間関係だし、踏み込んで教えてもらうという意味では営業みたいなものじゃないですか。人と仲良くなるのが苦手だから山とかへ向かったっていうこともあります。

鈴木 人に対峙するよりは自然に対峙しようと。私もどっちかといえばそっちの方が得意です。取材者として「これ教えてください!」って話を聞くのは苦手で、とりあえず場に行って溶け込んでっていう方が楽だった。でもその対象は私の場合は人がいる街でいいんです。だって寂しいじゃないですか、北極とか行ったら。

角幡 確かに寂しいですねえ(笑)。
 

人がいない場所ではなにを見ているか?

角幡 本の中でいろんな方のエピソードを書かれていますけど、特別に取材しているというわけではないのに、よくこんな細かいことを覚えていますよね。会話の臨場感とか自然な空気とか、なかなかこんなふうには書けないですよ。

鈴木 角幡さんは書くのは机でですか? 探検しながらじゃないですよね。

角幡 書くのは帰ってきてからですけど、僕はすごく記憶力が悪いので探検中にかなり克明に日記を書くんです。その日の晩に寒い中、一時間くらいかけて日記を執ったりする。

鈴木 机で書いている時に、脳内で探検が蘇っているんだなあと思ったんです。私も写真的に蘇ってくる記憶があって、どんなネイルをしていたかまで思い出したりする。たとえばその日は歌舞伎町の喫茶店なんだけど、「パリジェンヌ」じゃなくて「ルノアール」で、しかも普段ならゆず茶を頼むんだけど、その日はコーヒーだったってことから、ズルズルと思い出すんです。
角幡 映像で細部まで思い出すタイプなんですね。

鈴木 せせこましい人間なんで細かいことが好きなんです。細かいところに意味とか神とかを見出すんです。その時、彼女がピンクのスカートを穿いていたのか、デニムを穿いていたのかは結構大事なんじゃないのかって思うんです。そういう細部をじろじろ見てるんだと思うんですよ。角幡さんは新しい場所に出かけて行って、何を見ているんですか?

角幡 何を見ているんでしょう……。

鈴木 そこには人がいませんよね。旅行で違う街に行っても結局は人を見ている感じがして。たとえば古城を見にいっても、どこを見ればいいのかよくわからなくて、人を見ているんですよ。人が作ったものなんだと思ったり、ここで生活してたんだと想像しながら見るわけですよ。人の形がないところに行った場合は何を見るんでしょうか?

角幡 いや、別になにも見てないですよ。風景自体は基本的にはそんなに変わらないわけです。風景よりも人の世界からこんなに離れたところに来てしまったという状況が僕を興奮させるんです。こんな遠いところに来てしまった! 他の惑星に来てしまったようだ! と。特に極地なんかは、時間帯によっては空の色がSF映画みたいになったりするんです。そういうのを見ながら感慨に浸るというか。

鈴木 その感覚がないと生きていく上で困るってことですよね。そのためには、「ちょっと俺、行ってくるから」みたいな感じで女に我慢させたり、同窓会とか呑み会を欠席したりする。その場に行くのは分かりやすく危険でもありますよね。そういういろんなことを考えても、生きていく上で外せない感覚がそこにはあるんですよね。そう聞くとなんだか親近感が涌くなと思いました。

角幡 本当ですか?

鈴木 私も犠牲を払い、血を流しながらホストクラブとかに通ってたんです。そこに行かないと味わえない興奮があったから。清廉さを捨てて、お見合いでは結婚できなくなるとかいうのも捨てて。危険を冒してでも行く価値があると思っているというのは、親近感が涌きますね。




※『探検家の日々本本』刊行記念対談 角幡唯介×鈴木涼美 危険でも行かなくてはならない場所、書かなくてはならないこと 後編へ続く
 

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角幡唯介

1976年北海道生まれ。早稲田大学卒、同大探検部OB。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

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