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『探検家の日々本本』刊行記念対談 角幡唯介×鈴木涼美 危険でも行かなくてはならない場所、書かなくてはならないこと

2015.02.14 公開 ポスト

『探検家の日々本本』刊行記念対談 角幡唯介×鈴木涼美 危険でも行かなくてはならない場所、書かなくてはならないこと

第2回 私を承認してくれるのは誰?角幡唯介/鈴木涼美

自然は承認欲求を満たしてくれない

角幡 鈴木さんの本を読んでいて僕も共通するものがあるとは思うんです。日常的なものが満たされている世代だし、家庭環境としても物とかお金に苦労してきたわけでもない。そしてその満たされているけど、ふわふわしている日常から逃れたいという欲求がある。でも、やっぱり読んでいて女性ならではの究極の部分の感覚はわからないなあと思います。

鈴木 そうですか。

角幡 鈴木さんに限らず女性と話してると、まだ子どもを産んでいない人も含めて、自分が子どもを産む性であると意識していることが端々に感じられるんです。生き方の本質的な部分に異性がおおいかぶさってきているというか。その感覚みたいなものが昔から男と女の考え方のベースの差としてありますよね。それに興味があったし、わかりたいと思って鈴木さんの本を読むんですけど、やっぱり実感としては分かんないんですよ。

鈴木 私のように子どもを生んでない女は、生んでないってことが一つのアイデンティティにならざるを得ないんです。生む性だけど生んでないって感覚は男の人にはないですよね。

角幡 それは分からないです。

鈴木 男の人はなにはともあれ、仕事して食っていかなきゃいけないっていうのがあると思うんですけど、女だとどういう感覚で生きるかっていう選択肢が多い気がします。あの人に貢いでもらうでも生きられるし、今の時代ならずっと働いていくでも生きられる。そういう選択肢がいっぱいある分、選ぶのが大変じゃないですか。どれを選んでも正解ではないし、批判されたり後悔したりもする。男の方がある程度はまっすぐだなと思います。女の方が自分の選択してきたことに対する不安を感じる夜があって、その時に、男が語ってくれる私の価値みたいなものが重要になってくる。あとは街が認めてくれる価値とか。自然ってぜんぜん私を評価してくれないじゃないですか。

角幡 なにも語ってくれない。

鈴木 だから自然の中に行って放っておかれるのが楽しいというのは私にはやっぱり理解できなくて。私はやっぱり自分を認めてくれたり、守ってくれるかもしれない可能性があるところに飛び込んでいきたい。厳しい自然には危険だけがあって、承認欲求を満たしてくれるものはなにもない。木霊くらいじゃないですか? そんなところに行くっていうのが面白いなと。

角幡 そういう場所の面白みって、全部自分で判断しなければ生というものを組み立てられないってところなんです。ここで進むか退くかみたいなことから、すべて行動の判断を誰に頼るわけではなく自分で組み立てる。そしてそれがそのままストレートに自分の生命に繋がっているというのがすごい面白いんです。

鈴木 自分が2秒後に生きている生を、完全に自分で選び取ったみたいな感じですか?

角幡 それってすごい自由な感じがするんですよ。全部自分が選んで自分で責任を取る。自分が独立して完結できている。

鈴木 確かに街の中にいると基本的には死なないですからね。

角幡 それと街の中っていろんな意味で管理されているじゃないですか。その管理から逃れれたこところに存在できる自由っていうのもある。

鈴木 それは想像はできますけど……つら〜い! 街の中に入るって、受け止めてくれる感があるから。自然って、ファンタジーの中では受け止めてくれることもあるけど、基本的にはなんか冷たいじゃないですか。そこに果敢に行くのはなんかつらそう。でも付き合うには探検家っていい感じだと思います。男の人は外に出てやんちゃして、帰ってきたら「やっぱお前がいいんだよね」って言ってくれる感じがいいから。あと街が好きっていう人よりは浮気しなそうじゃないですか。

角幡 まあ、僕、街も好きなんですけど(笑)。

鈴木 日本で待っている人がいるのといないのとでは、あるいは結婚しているかしていないかでは、出かける身としては意識が違うんですか?

角幡 それは違いますよ。

鈴木 死ぬわけにはいかないとか、罪悪感が強いとか?

角幡 死ぬわけにはいかないというか、死ぬのが怖くなりました。特に子どもができてからそう思うんです。今まで死ぬってことにリアリティーがなかったんですよ。死ぬ瞬間ってこうなのかなって思ったとしても、死んだらどうなるっていうのはまったく自分の想像の範囲外だった。特に一人で暮らしているときは自分の将来にあまり感心がなかったんです。次はここを探検したいとか、2、3年後のスパンで予定は立てるんだけど。でも子どもが出来た時に、やっぱり、この子は将来どういう人間になるのか見てみたいわけです。子どもの人生に自分も参画してみたくなる。そういう感覚はやっぱりあるんです。死んだら子どもと遊べなくなるんだ! っていうレベルで、死にたくないと思うようになったかなあ。

鈴木 待たせて悪いな、とかはありますか。

角幡 悪いな、はないですね。自分が迷惑かけている感覚はない。

鈴木 ないんですね。普通の家だと毎日帰ってくるお父さんがいるわけじゃないですか。たとえば1年間いないからその分お金を遣うよとか、一緒にいる時はずっとセックスするよとか、そういう感覚は?

角幡 いやあ、ないですね。

鈴木 ないんですか! それすごくショックだわ〜。私はホストと付き合ってると、普通なら我慢しなくていいところを我慢することもあるわけです。彼が女の子と手を繋いでいるところを見かけても、ああ仕事してるなと思って見逃さなきゃならない。私としては辛いことを我慢してるんだから、男の人はその分、この子を幸せにしなきゃいけないと考えてくれてると思ってました。でも角幡さんの話を聞くと……男って違うんですね。あんまり我慢するの辞めようと思います。
 

できるだけ身軽でいたいという願望

鈴木 角幡さんはどうして結婚したんですか?

角幡 結婚は……濁流に巻き込まれる感じだったんです。

鈴木 濁流に巻き込まれるのは嫌いじゃないですよね、いろんな意味で。

角幡 昔はまさか自分が結婚するとは思っていませんでした。結婚ってある意味で束縛だし、それに耐えられる覚悟なんてなかったですし。この子がいい、あの子がかわいいとかそういうレベルで判断していたら、結婚できなかったでしょうね。もっと深いところで、この人と一緒に居ざるをえないというところにまで追い込まれないと決断できなかったんじゃないかな。でも家具を買いに行く時が一番恐ろしかったんです。大きな家具とか冷蔵庫を買ったら、自分の人生が動かせなくなっちゃうような気がして。だからそこで少しでも安くて小さいものにしようと、今考えると妙な抵抗をしていました。

鈴木 私もマンションを買う話には抵抗があって、足場を作りたくない症候群なんです。できるだけ身軽でいたい。

角幡 ふらっと外国に住むよっていう自由度は確保しておきたい気持ちが、今もあるんです。でもやっぱりマンションを買うとかいう話になるんですよ。僕は今年の3月から1年間、北極圏に行くんですけど、その間に買っておくからと言われていて。そんなの困りますよ。今でも全てのモノを捨てて、家族でヨットで放浪したいみたいな気持ちを持っているし。それが持てる環境は確保しておきたい。

鈴木 でも抵抗できない流れとか好きですよね。そのどうしようもないものが楽しいんじゃないですか。私にとっては恋愛がそうだなと思います。立ち向かってもしょうがないというか。ああ、でも今日ショックだったのは男の人には女に我慢させているっていう罪悪感がないんだってことです。俺を好きになっちゃったんだからしょうがないだろ。一年間海外に行かないとお前が好きになった俺じゃないんだから、ってことですよね。

角幡 そうですね(笑)。僕はよく昔から優しくないっていわれるんですよ。でも男の優しさは偽善だと思うんです。

鈴木 荷物持ってあげるよ、みたいな優しさ以上のものが提供できていると思うわけですよね?

角幡 僕がですか? それはどうですかねえ(笑)。

鈴木 女の人って結局そういう人を好きになっちゃうから、恋愛体質の人って幸せにはなれないんです。荷物持ってあげるよって人よりも、荷物持ってやらないけど生きる喜びを与えてくれる人に惹かれちゃうわけです。でも本当は荷物も持ってほしいんですけどね……。

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角幡唯介

1976年北海道生まれ。早稲田大学卒、同大探検部OB。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

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