高感度消費で生まれたものがマス化する
速水 藻谷浩介さんの『里山資本主義』では、地方は衰退するかもしれないけど、そこにこそ未来の資源が隠れているんだっていうことをアピールしている本です。一方で、増田寛也さんの『地方消滅』では藻谷さんとの対談があって、基本的には地方消滅するというデータを突きつけながら、でも地方は頑張るんだって、頑張っている例を取り上げている本になっている。分かるんだけど、一番のメッセージは、多くの地方が消滅に向かう中で、生き残れないのを前提としなきゃいけない社会を迎えるのに、あがけって本なんです。矛盾している。
「ほどほどパラダイス」も、これらの側に近い考え方ですよね。友だちの中川淳一郎がツイートで炎上しやすいものを二つあげてます。一つは、子育て系。公共スペースで子どもを育てている母親のことを、当事者以外が何か言うと必ず炎上するから気をつけろと。「ベビーカーが邪魔だ、子どもが泣いているのがうるさい」的な視線に晒されている人たちは、言いたいことがたまっている。だけど、もう一つは、大都市部に住んでいる人が「地方がこれから衰退する」と言っちゃいけないと。これは、一種のタブーになりつつある。『里山資本主義』と「ほどほどパラダイス」は嘘だから受けているんです。
『埼玉化する日本』に話を戻すと、大事なポイントとしてマス消費がコモディティ化した時代を語っているところです。いわゆるマス消費の代表がショッピングモールですよね。地方にあるショッピングモールのような消費が、じつはマスでそれを「埼玉化」の一つとして定義している。
中沢 はい、その一つです。
速水 ここは、もっと深堀りしてほしかったところなんですよ。もう一つ重要なのが、高感度消費とマス消費の対比部分。その二つは別のものではなくて、高感度消費のところで生み出されたものが、拡散して、もっと大衆化、一般化する。この本の中で映画『プラダを着た悪魔』で編集長のメリル・ストリープの話を書いていたじゃないですか。ダサい主人公が着ていたセーターの色が、流行とは関係なく本人が選んだと思っているけど、じつは編集長の私が選んだのよ、と。つまり、ファッション業界のトップが流行らせようという意図でつくったモードでのヒットが、マスに降りてくるまでに2、3年かかりましたという。
だから、日本中のマス消費のショッピングモールで売られているものって、そこ独自で生まれたものではなくて、東京とか中心地で流行ったり、モードとしてつくられたものが拡散したものなので、上流抜きには下流って存在しないですよね、ということを本で主張しているじゃないですか。これはほとんど今までの消費論というかショッピングモール論の中で語られなかった部分で、非常に興味深いんですけど……。
中沢 ……けど(笑)。
速水 ここもちょっと、掘り下げてほしかった。本の中で「高感度消費」というのを定義しないまま、そういうものがありますよと言っている。そこを掘り下げるのはたぶん、すごく難しいと思うんです、高感度消費ってなんぞやって。ただ、すごく面白いはず。
中沢 なるほど、そうするとたぶん『埼玉化する日本』ってタイトルでは出せないと思うけど、もしかするとそれは私がやるべき仕事かもしれませんね。自分としては、ARTS&SCIENCEという青山に本店があるソニア・パークさんというスタイリストがやっているお店の意義について、ここまで紙幅を割いた新書は初めてだと思っていて、それは良い意味で自負しています。その点については、多少、自分の役割を果たした感があります。私は高感度消費が47都道府県、政令指定都市、あるいは広がっても2番目の都市ぐらいまで、もう少しできるようになるといいなっていう願いを込めて書いているんです。
速水 甘いですけどね、それはね。
中沢 そう、甘いけどね、いや希望、希望。希望は大事です。
速水 よくて東京、大阪、名古屋、福岡、広島、仙台みたいな、地方のトッププラスの都市にプラスしてせいぜい、2、3都市ぐらいだと思いますけどね。
中沢 でもあえて博多とかではなくて、松本や香川といった中規模都市でエッジの効いたお店を本の中では紹介しています。そうしたお店が47都道府県にあって、高感度消費信者が集まるといいなあって思っているから。で、そういうレベルのお店は増えているのは確かだと思います。
速水 どうですかね。
中沢 高感度の濃度は薄まりますが。
速水 ぼくが濃くなってると思う街は、もっとピンポイントで、葉山とか鎌倉みたいな場所でしかない。それが日本の47都道府県にできるわけがない。
中沢 いや、もちろん、葉山みたいなのは無理だけど、本でも書いた、香川にある「まちのシューレ963」のようなお店が全国各地の中心街にできてほしい。
速水 基本的には、消費環境の多様性って、センスや歴史なんかでカバーされるものではなくて、人口の集積でしかないんじゃないかな。それはオーガニックなレストランが、東京でも、かなり中心部でないと成立しないことが証明しているんじゃないかな。
中沢 それは、みんな大好きな「地方再生」「地方創生」とかに高感度的なものは関われなくなっていくということ? ダサいものが創生させていくの? それって可能なの?
速水 「地方創生」って、田中角栄の「均衡ある発展」とどこが違うんだろう? ポリティカルコレクトネス的に正しいけど、経済原理には逆らっているみたいなものな気がします。いかに地方を大事にしていくかっていう話に、あまり説得力を感じません。
中沢 ええ、そこまで悲観的に私はなれないなあ(笑)。
速水 いや、地方が滅びればいいとか思っているんじゃなくて、「地方創生みんなで頑張っていきましょう!」と言うよりも、「どうせ地方はだめだ」って言ったほうが優しいじゃないですか。
中沢 ああ、ワークショップを無駄に重ねるみたいなね。
速水 そうそうそう、ポストイットをベタベタ貼る(笑)。
中沢 ただ、私は自分が高感度消費の側の人間だって、恥ずかしながら、この本で宣言しちゃったわけですが……。
速水 まあ、そこに立ちましたよね。
中沢 自負せざるをえない。そうとはっきり言いたくないけど。
速水 言っちゃうとかっこ悪い、という意味では難しいポジションなんだけど、背負いましたよね。
中沢 重い荷物を背負いました。それはもう、消費論の分野で少しでも何らか発言していこうとした場合、自分の立ち位置を明確にしなければならないだろうと考えた結果、もうしょうがないからなんだけど、マイルドヤンキーが流行っていることすら目に入らない高感度消費者サークルの人たちって、よく「個性」って言うでしょ?
速水 私らしさとか。
中沢 私らしさとか、自分らしさが個性とか。だけど、どこの地方に行っても、そういう高感度消費っぽい店ってすぐ分かる。それは「同じだから」でもある。「モールとか行かないし、テレビ観ないんで、ちょっと僕マイルドヤンキーとか分かんないです」みたいな人たちもまた、マイルドヤンキーと別ベクトルとはいえ、ほとんど同じ格好をしている。ボーダーTシャツを着て、フライターグやL.L.beanのバッグを持ち、アディダスのスタンスミスやコンバースのオールスターを履いている。「あなたたちも、もう一方のファスト風土になっていますよ」と指摘しておきたい。それは私自身も含めてです。単に少数派の好みというだけで、ありきたりです。ですから、「マイルドヤンキーとかw」と嘲笑うことはできない。私はそれも含めて背負ったつもりです。私も、たいした個性なんて持っていません。高感度消費者側がそれを認めることから、ちょうどいい消費とは何か、という議論をようやく始められる気がするんです。
速水 うん、高感度と言うと定義が難しくなっちゃうので、僕は『フード左翼とフード右翼』で書いたけど、なぜコンビニのメニューとしてオーガニック、健康志向の弁当ができないのかという問題。それには理由があって、丸ビルの店舗では売れるけど、コンビニの多くは地方の郊外に多くあるから多数決で負けるんです。日本全国、同じ商品開発をしてしまうことが無理になっていて、都心と地方には、完全に求める商品としての思想がもう変わってきちゃっている。上とか下とかではなく、ライフスタイルの根本がもう変わっている。
中沢 俯瞰している私や速水さんはどっちが上でどっちが下と思っているわけじゃないんだけど、往々にしてフード左翼側、もしくは高感度消費側って、意識として自分が上だと思っているでしょ。
速水 そうでしょうね。だから成立するんですよ。
中沢 だから、なぜ上と思うのか?は、いつかまた別の切り口で書きたいと思っています。
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