アルティメイトクラウドを運営している株式会社アルティメイトは、実はエールグループのOBが数名で立ち上げた会社と聞いている。
エール本社とも人事交流があり、課長経由でツテをたどれば、裏のルートで連絡が取れるかもしれないと考えたのだ。
早朝だけに、電話に出るまで少し時間がかかるかと思ったが、二、三コールですぐに応答があった。
「もしもし、夏木君?」
「はい。こんな時間にすみません」
「どうした、何か問題か」
理沙が事情を話すと、的場は低くうなった。
「やっぱり、アルティメイトクラウドに何か起きたのかもしれないな」
「やっぱり、ってどういうことですか?」
理沙が聞きとがめると、的場は、他言無用だと前置きして話を始めた。
「実は、今日、夜間リリースがあると聞いて気になってたんだ。同期の丸谷(まるたに)君、覚えてるか」
「ああ、あのぽっちゃりした」
丸谷の福相を思い出して、理沙は懐かしい気分になる。
今でこそ、院卒の的場が理沙の上司をしているが、二人とも、エール社からの出向組で、同期入社だった。丸谷も、新入社員研修で、机を並べた仲だ。
「今あいつは、アルティメイト社に転職して、霞が関の監視チームを指揮しているらしいんだ」
先日、久しぶりに同期数名で飲みに行った際、ぽろりと洩らしたことがあったという。
サポートセンター宛てにおかしな問い合わせがあり、アルティメイトクラウドには致命的な欠陥がある、六千万円のコンサル料金を支払えば、対策を提示する、と書かれていたというのだ。
「六千万円! そんな法外な」
「クラウドに載せられたデータの重要性を考えれば、妥当な価格だろうというのが先方の言い分だったそうだ。しかし、具体的な欠陥には触れていなかったし、連絡先の会社名も載っていない。悪戯だろうと言っていた」
「ある意味、脅迫ですよね、それって。警察には届けなかったんですか」
「セキュリティには自信を持っていたからね。万一に備えて、バックアップのセンターも用意してあると言っていた」
「じゃあ、いずれバックアップのセンターが立ち上がるんでしょうか」
サイトが停止しただけでも問題だが、より重要なのは、どれだけ短期間に復旧できるかだ。
「おそらくね」
「でも、そっちのセンターだって、サイバー攻撃に遭って、停止(ダウン)するかもしれないでしょう」
「いや、今回の件がそもそもサイバー攻撃かどうかも分からない。例の問い合わせとも、まったく関係がないかもしれない。ちょっとあいつの携帯に連絡してみるよ。即断はしないでくれ」
的場が電話を切った。
理沙は歯がゆい気分だった。
そんな重要な情報を、アルティメイト社はなぜ知らせてくれなかったのか。せめてバックアップセンターがあることだけでも事前に分かっていれば、切替試験の計画を組み込んでおくことができたのだ。急に接続先が切り替わったら、正しく動作するかどうか分からない。
もう一度神谷に電話をかけてみたが、つながらなかった。
現地にいる神谷ならば、ある程度状況を把握できそうに思うのだが、ずっとサーバルームにこもっているのだろうか。
ため息をついて電話を切った時、鞄の中で、何かがぶるぶる震えているのに気づいた。
私物のほうのスマートフォンに、着信があったらしい。
理沙は、鞄の中を探ってスマホを取り出した。
見覚えのないアドレスから、メールが届いていた。
タイトルに、〈神谷翔です〉とあるのに気づき、あわてて本文を開く。
文面を見た理沙は、息を呑んだ。
そこには、
〈サーバルームに閉じ込められてます〉
と書かれていた。
*第6回は4月24日(金)公開予定です。なお本作はフィクションで、登場人物、団体等、実在のものとは一切関係ありません。
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