真岡市にあるアルティメイト社のサーバルームで、異常が見つかった。以前、アルティメイト社に届いた脅迫メールが関係しているらしい。そんな状況も知らず、そこのサーバルームに管理人の長谷部と一緒に閉じ込められてしまった神谷翔。とりあえず自分たちの状況だけは、本社の夏木理沙にメールで知らせることができた。
データセンタのサーバルームで、長谷部と神谷翔は、ノートPCの画面を覗のぞき込んでいた。
黒いコマンド画面を立ち上げて、何やら色々操作していた神谷は、顔を上げた。
「できました」
「おお」
と、長谷部は何がなんだか分からぬまま、うなった。
「できたって、何が?」
「メール送信です。とりあえず、うちの会社の人間にサーバルームに閉じ込められたことだけは連絡できました」
神谷の言葉に、長谷部はほっと息をついた。
「よかった」
「本当なら、勝手にお客様のネットワークを使っちゃまずいんですけどねぇ」
神谷は頭をかいたが、長谷部としては、とりあえず、外部と連絡が取れただけでもありがたかった。
頼りなげでも、やはりSEだ。一緒にいてくれて助かった。
外にも出られず、電話もつながらないこの状況で、一人ではパニックになっていただろう。
神谷は、さっきまで作業していた————というか、寝ていた辺りのラックに格納されたネットワーク機器にPCをつないで、何やら作業をしていた。
隣で見ていた長谷部には、何をしているかよく分からなかったが、要は外部にメールを送信できたらしい。
「君の会社の人は、すぐにメールを読んでくれるかな」
「そのはずです。しばらく返事を待つしかないですね」
本来なら、長谷部がデータセンタの管理者にメールするのが筋なのだが、残念ながらメールアドレスを記憶していない。
管理室に戻ればすぐ分かることなのに、もどかしい気分である。
「長谷部さんと交代する要員が来るのはいつですか?」
「八時になれば、来るはずだけど」
つい、ため口になってしまうのは、神谷がやけに子供っぽく見えるからだろうか。
神谷も気にする気配はないが、独りで夜間作業に来たのだから、さすがに新入社員というわけではなさそうだ。しかもこの状況で落ち着いていられるのは、 よく考えると、結構ずぶとい。
神谷は手で首元をあおぎながら、顔をしかめた。
「あと二時間半ですか。それまで持つかなぁ」
「持つって、何が?」
トイレにでも行きたいのかと思って聞き返すと、神谷は天井を振り仰いだ。
「空調、切れてませんか?」
長谷部は、今さらながらはっとした。
サーバルームに足を踏み入れた時の違和感はこれだったのか。
いつもは、ゴウゴウとうるさいくらいの空調の音が、サーバルーム全体に響きわたっていた。大きめの声でないと会話も聞き取りづらく、上着を着ていないと寒いくらいだった。
今聞こえるのは、サーバの吐き出す排気の音だけだ。
行き場所を失った排気熱が淀んできているのか、辺りは生暖かい。
長いことこの状態が続けば、いずれ中は蒸し風呂のようになってしまうに違いない。
「そのうちサーバが熱で暴走するんじゃないかなぁ」
いつもは、薄着でいると、風邪をひきそうなくらいの温度だ。さっき交代した十和田も、マスクをしてひどく咳き込んでいた。
クラウドの障害に加えて、ドアのロックや、冷暖房まで故障しているのか。いったいどうなっているのだろう。
次のページ:「返事が来ました。あれ……?」 PCを覗...
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