「返事が来ました。あれ……?」
PCを覗き込んでいた神谷が首を傾げ、何やらキーボードを叩いた。
「すいません、クラウドのサービス、落ちてるんですか?」
そう言いながら、ノートPCのディスプレイを押し開けて、長谷部のほうへ向けてみせる。
メールの文面が表示されていた。
夏木です。閉じ込められたってどういうこと? 大丈夫?
さっきから基幹側のサーバにも、エラーログが出ています。
アルティメイトクラウドの情報提供ネットワークに接続できないようなんだけど、そっちからもつながらない?
「今こっちからも、情報提供ネットワークのサーバにPINGを打ってみましたが、やっぱりつながらないみたいで」
「ちょうどさっき、監視センターから、アルティメイトクラウドで障害が起きているって連絡があったんだ。それで、状況を確認していたところに、君が来て」
「さっき見ていた辺りですか?」
「そう。サーバのランプが消えてたんだ」
「ちょっと見てみてもいいですか」
本来ならば立ち入り禁止のエリアだが、立ち会っていればおかしなこともしまい。長谷部は、さっきサーバを確認していたエリアの辺りまで、神谷を案内した。
「ほら、電源ランプが消えてるだろう」
「普段は電源が入ってるんですね」
「つい一時間前までは動いていたんだ。一台や二台ならともかく、こんな一斉にサーバが壊れるなんて……」
「サーバだけじゃなさそうです」
神谷が、上のほうを指さした。
「あれ、ネットワーク機器ですよね」
ラックの内部には、色とりどりのケーブルが突きだした黒い箱があった。
「本当だ。あっちも電源が落ちてるな」
「ちょっといいですか」
神谷は言いながら、電源ボタンに手を伸ばした。
あわてて止めようとしたが、もう遅い。
神谷の指は、電源ボタンを押していた。
しかし、サーバはうんともすんとも言わなかった。
「電気が来てないんじゃないでしょうか」
「電気が?」
長谷部は首をひねった。
「電源は二重化されてるはずなんだけどな」
サーバラックには、電源ケーブルが故障してもシステムが落ちないように、二系統の電源が引かれている。両方壊れるというのは異例の事態だ。
「電源が落ちているのは、この周辺のラックだけですか?」
「えっ? 周辺って……」
長谷部は驚いて、周囲を見渡した。
隣のラックの電源も落ちていることに気づく。
「おかしいな、さっきまで落ちていたのは、一番奥の、このラックだけだったのに……」
「変ですね。障害が連鎖して、順につながらなくなることもありますけど、電源すら入らなくなるなんて」
神谷も首を傾げた。
「いずれにしろ、このまま空調が切れた状態だと、サーバも壊れそうです。下手したら、発火して火事になるかも」
「火事になったら、窒素で消火するようになってるんだ。なのにドアが開かないとなったら……」
「……窒息しますね」
さしもの神谷も、深刻な顔になる。
「メールで状況を説明して、誰かに連絡を取ってもらいましょう。管理センター、それが分からなければ、消防署とか警察とか……」
二人は急いで、神谷の元いた場所に戻った。
*第7回は4月28日(火)公開予定です。なお本作はフィクションで、登場人物、団体等、実在のものとは一切関係ありません。
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