自分たちが閉じ込められたサーバルームに、爆弾が仕掛けられていることがわかった神谷翔と管理人の長谷部。犯人はどこから入り、爆弾はどこにあるのか。神谷と長谷部が調べるなか、サーバルームの奥から何かがぶつかるような音がした。
「嘘だろう」
神谷の受信した転送メールを目にし、長谷部は、青ざめるのを通り越して、わなわなと震えだした。
爆破、の二文字が悪夢のように揺らいで見える。
「なんで事前に知らせてくれなかったんだ。しかも……爆弾だなんて」
「まさか本当だとは思わなかったんでしょう」
神谷の落ち着き払った物言いに、ささくれだった神経を逆なでされた。
「そりゃそうだろうが、念のため注意喚起してくれたっていいだろう。命に関わることなんだから」
「でも、最初のメールには、サーバを破壊するとか書かれてませんでしたよ」
神谷がメールをたどってみせた。
「脅しとは取れますが、クラウドを攻撃するといったら、サイバー攻撃を連想するのが普通です。まさか、爆弾を仕掛けられるなんて、普通は想像しませんよ」
たしかにその通りだ。
犯人からの最初のメールを見せられても、長谷部も実際にデータセンタを占拠するなどとは、考えもしなかっただろう。
「そもそも、クラウドのエリアに爆弾を仕掛けることなんてできるんでしょうか?」
長谷部は頭を振った。
「想像がつかないな。クラウドのエリアに、業者を入れることはほとんどないんだ。電源が落ちた時には、メーカーに連絡して部品を交換してもらうけど、 ここ一ヶ月は、誰も通してない。来たとしても、僕らが立ち会うしね」
「クラウドより手前のホスティングエリアなら、外部の人間が入りますよね。ユーザ企業が自前のサーバやラックを持ち込んでますから」
「それはそうだけど、君も知っての通り、事前の入館申請と身分証の提示がない人間は、受付で通さないよ」
「受付の人間が、たとえばトイレで離席していたら?」
「受付の窓から無理やり身体をねじこんで、受付システムを使ってロックを解除すれば入れるかもしれない。でも、監視カメラもあるし、入退室の履歴も残る。戻ってきたらおかしなことに気づくはずだ」
「裏口は?」
「サーバの搬入口があるけど、普段は鍵がかかってる。表の受付を通した後に、裏口近くの管理室に電話して、開けるようにしてるんだ」
「つまり、ここにはサーバを預けている会社の人間か、システムの保守会社の人間しか入れない」
「しかも、自分の担当しているラックしか、触れないようになってる。僕ら受付の人間がカギを開け閉めしているんだから間違いない」
サーバルームへ入れるのは、ラックをレンタルしている契約者とその保守業者だけだ。受付でカードを貸出し、掌の静脈を登録させて、一定の時間だけ立ち入りを許可する。
奥のクラウドのエリアには、契約者すら立ち入ることを許していない。
「ホスティングのエリアからクラウドエリアに行くには、鍵のかかった扉を抜けなきゃならない。さっきは僕が開けっ放しにしていたから、君も入ってこられたけど」
「でも、僕だって入れたくらいでしょう。クラウドエリアで誰かが作業している時に、ホスティングエリアで作業していた人間がクラウドエリアに忍び込んで爆弾を仕掛けることもできるのでは?」
「あれ、見えるだろう」
長谷部は天井付近を指さした。
監視カメラがこれ見よがしに、天井から首を突き出している。
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