「サーバの全部の列に、監視カメラが取り付けられてるんだ。おかしな真似はそうそうできるものじゃない。とくに、クラウドエリアの映像は、霞が関の監視チームにも送られてる。気づかずに爆弾を仕掛けられるはずがない」
「これだけたくさんカメラがあると、全部同時に見ることはできないと思いますけど、ちゃんとモニタリングされてるんですか?」
「動きがあった時には、アラートがあがって、画像を送信するようになってるんだ」
何かしら動きを検知した時の画像は、ネットワークを通じて霞が関の監視センターにも送られているはずだ。
「だとすると、やっぱり」
「ハッタリ?」
「多分。そもそも、ここって電波が届きませんよね。遠隔で爆発させるなら、犯人が外部からコントロールする仕組みが必要でしょう」
「ああ、なるほど……」
それで落ち着いていたのかと、長谷部はようやく納得する。
「いや、待てよ、今実際にサーバが落ちているんだ。犯人はこのビルにいるんじゃないか」
「サーバを停止させるぐらいなら、遠隔でもできますよ」
神谷はあっさりと言う。
「できるのか」
「だって、霞が関でサーバの管理をしているくらいでしょう。腕のいいハッカーが本気になれば、まあどうにでも」
「おいおい、じゃあ、空調が止まったのも、俺たちが部屋に閉じ込められたのも、ハッカーとやらの仕業なのか」
「それもまあ、やりようはあると思いますが」
神谷はちょっと考えるように顎をつまむ。
「でも、サーバが次々に、電源すら入らなくなっていくというのは妙ですよね。ブレーカーでも落ちてるんじゃないですか」
「ブレーカー……分電装置に何かあったのかな」
データセンタの電力は、大きなラックに収められた電源室の分電装置で分岐され、各サーバへと送られる。電力の遮断もここで行われる。
「じゃあ、犯人は電源室にいるのか。それで、爆弾を仕掛けて……」
「爆弾を仕掛けたのは、もっとおおもとかもしれません。これだけのデータセンタですから、どこかにUPS(無停電電源装置)とか自家発電装置があるんじゃないですか」
「あるよ。地下室に、でっかいのが」
電力が途切れた場合には、電気を蓄えたUPSでしばらく凌ぐようになっている。その間にオイルタービンによる自家発電装置が作動し、電力を供給し始める。
「僕が犯人なら、そっちに爆弾を仕掛けますね。人が頻繁に出入りするサーバルームより、そっちのほうが盲点になりやすい。実際、過去にもUPSや電源盤が発火して、データセンタが停止した例がありますし」
あくまで冷静に話をする神谷を、長谷部は見つめた。
ぽわっとした雰囲気のSEが、何やら底知れぬ気がしてきて、少々恐ろしくなる。
「じゃ、じゃあ、ここに爆弾が仕掛けられてるってわけじゃないんだな」
「分かりませんけど、サーバルームのセキュリティが鉄壁なら、他に仕掛けたんじゃないかって推測は成り立ちます」
神谷が言った時だ。
サーバの森の向こうで、物音がした。
長谷部は、ぎくりと首をすくませた。
神谷も、さすがにぎょっとしたようで、腰を浮かせて音のしたほうを覗いた。
「なんですかね、今の」
「爆弾……ってわけじゃなさそうだけどな」
金属に何かがぶつかるような音だった。
再び音が聞こえてきた。
がん、がん、と、叩くような音である。
長谷部と神谷は、思わず顔を見合わせた。
*第10回は、5月8日(金)公開予定です。なお本作はフィクションで、登場人物、団体等、実在のものとは一切関係ありません。
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