AKB48のメンバーなど著名人と直接交流できるスマートフォンのアプリ「755」をご存じですか。「755」で、一般ユーザーでありながら、著名人顔負けの人気者となった「藪医師(やぶいし)」。34歳独身、大腸がん手術が専門の現役外科医です。
その藪医師こと中山祐次郎さんが、初めての著書『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日』を刊行しました。
連日の手術、術前術後のケア、後輩の指導、論文執筆や学会発表など、若手医師の日常はとにかく過酷。その激務の合間を縫って、ときに眠れなくなり食べられなくなり涙しながらも、書かずにはいられなかったのが本書です。
読売新聞の読書欄でも紹介され大きな反響を呼んだ本書の一部を、全3回でご紹介します。第3回は、「幸せに生きてきた人は、幸せに死んでいく」という中山さんが、多くの患者さんたちから教えてもらった、幸せに生きる処方箋について。
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「幸せに生きる」ために、私は三つの処方箋をお渡ししたいと思います。
これは、修行のすえあみだした秘技でも、世界初公開の新思想でもなんでもありません。私が生きてきて、たくさんの患者さんを診てきたなかで思った、ほんの「ヒント」や「コツ」のようなものです。
一枚目の処方箋です。
「幸せのハードルを、自分で動かす」ということです。
幸せのハードル」とは、「これ以上であれば幸せだけど、これ以下だと不幸せ」というハードルのことです。満足のハードル、と言ってもいいかもしれません。
このハードルは、ひとりひとりのこころのなかにあります。あなたのこころにも、もちろん、私のなかにも。
「幸せのハードル」は、ぱっと見た感じ、古びた重そうな、錆(さ)びついた金属でできていて、しかもしっかりと固定されていて動きそうにありません。
永年のご自身の人生で、「これくらいあれば幸せ」「これができなければ不幸せ」という基準は、だいたい決まっている方が多いんじゃないでしょうか。
「一戸建て庭付きに住めたら幸せ」
「ちゃんと子どもが育って一人前になってくれたら幸せ」
「年に一度、海外旅行に行けたら幸せ」
こんな具合だと思います。
ですが、ちょっと試しにこのハードルを、動かしてみてください。可動式にするのです。
見た目は重そうですが、意外とひょいっと動きませんか。
相田みつをさんの言葉のなかに、私の大好きな言葉があります。
しあわせはいつもじぶんのこころがきめる
私は病院で医者をやっていて、本当にそうだなと思うのです。
患者さんのなかには、「なぜ、よりによって私ががんになってしまったのか。あまりに不運で、運命を呪います」とはっきり宣言され、治療中もずっと「なぜ私が選ばれてしまったのか。なんて私はついていないんだ、不幸なんだ」と言って苦しむ方がいます。そういう患者さんは、その運命を呪うあまり、頑張って責任の所在を探すのです。
あのときかかりつけのクリニックの医者が過労だと言ったから発見が遅れたのではないか。がんになってからも、ここではなくもっといい病院のいい医者にかかれば治ったのではないか。主治医はほかの患者さんのところばかり行ってて、私のことを軽視しているのではないか……。
大腸がんになって、これまでの家庭の味が塩辛すぎたからだと言って、生まれてから何十年も食事を作ってくれた親を恨む。行きつけのレストランを恨む。大好きな日本酒の銘柄の酒造メーカーを訴える。あるいは忙しすぎる生活を強いた会社を訴える。そこで働くことを決めた、過去の自分を責める。
でも……。