出口さんの旅の流儀は「気の向くまま、足の向くまま」。第6章「旅に出る」からの抜粋です。
***
旅先では基本的にできるだけ街を歩くようにしています。もともと高校時代に山岳部に所属していたので、歩くのは苦になりません。人間は二足歩行の動物ですから、歩いて街を確かめるのは本性に合っていると思うのです。ヨーロッパの街の中心部は、車の進入禁止というところが多いですし、細い坂道や石段も多く、歩くしかない場合がけっこうあります。パリぐらいの大きさの街なら時間さえかければ端から端まで歩くことができます。
私の旅は、先述したように美術、宗教、歴史が主なテーマになっていますが、もちろん、美術館や教会、博物館にしか行かないわけではありません。チャンスがあれば行くようにしているのは地元のスーパーや市場などのマーケットです。
マーケットを見て歩くのは本当に面白い。マーケットを見れば、その国の政治がうまくいっているかどうかが大体分かります。マーケットに安くて新鮮な食べ物が豊富にあれば、政治がうまくいっている何よりの証拠です。逆に、マーケットに商品がなく、残っている商品が高値だと、政治が乱れていると察しがつきます。私たち日本人にとっては、マーケットにたくさんの商品が安価で並んでいるのはごく普通の光景ですが、世界ではそういう国は意外と少ないのです。
若者や女性のファッションを眺めるのも興味深い。若者や女性のファッションが年々きれいになっていく国は政治や経済が概ねうまくいっているのだと思います。人間は動物ですから、子どもが産める若い女性に、男性は貢ぐという万国共通の法則があります。女性がきれいになるのは、男性たちに経済力がついて女性に貢ぐことができるようになるからです。また古今東西、若者はファッションに敏感です。ファッションにお金がかけられるということは、その国の経済がうまく回っている証左でもあります。
旅の最大の効用は「百聞は一見に如しかず」にあります。ピラミッドの大きさは本を読んでも知ることができますが、ギザのピラミッドの前に立ち、その場の匂いを嗅ぎ、熱気を感じ、石に触ってみて初めて得られるものがたくさんあります。あの場所の熱気や砂の熱さ、マスとしての量感といったものは本を読んでいるだけでは決して分かりません。何よりも生きた情報は人間の五感を通して伝わってくるものだからです。
二〇一三年に封切られた映画『ゼロ・グラビティ』のラストシーンで、主人公が地球に帰還し砂浜に裸足で立つ場面が描かれましたが、二足歩行の人間が足で大地の重力を感じるとても印象的なシーンでした。旅によって得られる情報量は圧倒的です。人間は目で文字を読み、耳で人の話を聞くことで情報を得ると思ったら大間違いです。人は常に五感で情報を得ているのです。
ただし、旅は行けるところが限られており、しかも、まだタイム・マシンは実現されていないので現在の場所にしか行けません。二千年前の街には行けないのです。旅のリアリティはほかに比するものがありませんが、範囲が狭いという問題があります。それに対して本ならどこへでも行けます。地球だけにとどまらず火星にでも太陽系外へも行くことが可能です。もちろん、昔の街にも簡単に行けます。旅と本は互いに補完関係にあるのです。うまく「本・人・旅」を組み合わせて、人生をよき思い出で満たしてください。人生の楽しみは喜怒哀楽の総量(絶対値)にあるのですから。
***
次ページでは第5章・第6章の目次をご紹介します。
ようこそ「出口塾」へ! 「人生を面白くする本物の教養」をお教えします
いま私たちに本当に必要な勉強とは? この問いに、もっとも明快に答えてくれる人物のひとりが、60歳にして戦後初の独立系生保を開業した起業家で、ビジネス界きっての読書家でもある、ライフネット生命保険創業者の出口治明さんです。その出口さんの代表的ベストセラー、『人生を面白くする本物の教養』から、読みどころをご紹介する「出口塾」を開講します!