第2回でご紹介した「タテ」と「ヨコ」で考えると、領土をめぐる問題は、こんなふうに読み解くことができます。第8章「教養としての時事問題―世界のなかの日本編―」より抜粋。
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領土をめぐる問題(国境紛争)は、お互いの国の面子(メンツ)がかかっているだけに、感情論になりやすく解決が大変難しい問題です。一般に、領有権問題は、現在、実効支配している国を有利とするのが国際法上の原則です。
日本ではよく「歴史的にもわが国固有の領土」という言い方をしますが、「固有の領土」という概念は必ずしも万国共通ではなく、とくにヨーロッパではあまり聞いたことがありません。
それはどの国の領土も取ったり取られたりを繰り返して現在の形に落ち着いているからです。近代のドイツはプロイセンが発祥の地ですが、かつてのプロイセンの首都ケーニヒスベルクは現在ロシア領のカリーニングラードであり、その他の地域はポーランド領です。現在のドイツにプロイセン古来の領土はほとんどありません。つまりヨーロッパでは「固有の領土」という概念は存在しないのです。トルコ共和国の発祥の地は現在のモンゴル高原ですが、同様に、トルコの人は誰も、モンゴル高原を父祖からの固有の領土などとは呼びません。
日本は島国で、あまり外敵が襲来しなかったので「歴史的にもわが国固有の領土」と言っても、さほど違和感がないのかもしれませんが、世界的な視野で見れば、かなり特異な用語だということを知っておくべきでしょう。
領土問題についての人間の知恵は、つまるところ、かつては戦争をして取り合いをしていたけれども、いまはできるだけ戦争をしないようにしている、という一点に集約されます。国境紛争は話し合いでの解決が基本的なプロトコール(国際儀礼)であり、互いの主張がどうしても嚙み合わない場合は、当面、実効支配を是認しようというのが暗黙の了解です。そして、できるだけ波風を立てないで、知恵が出るまで、時間をかけて待つというスタンスです。
ところで、デンマークとカナダの間にも領有権問題が存在しているのをご存じでしょうか。北極圏の島ですが、そこは双方ともに実効支配を確立できていないのです。実効支配という方便でも見通しがつかないので、どうしているかと言えば、デンマーク、カナダ両国の軍隊が交代で駐留しているそうです。どちらも譲れないということで、事実上、領土を共有しているのです。こういう例も一つの知恵と言えます。
寒い島なので夜は、お酒を飲まないではいられない。交代で駐留しているうちに現場では互いの気心が知れてきて、飲み残したお酒はそのまま置いておいて相手国側にプレゼントしているそうです。あとはよろしく、といったところでしょうか。
こういう形で領土問題を解決していけば、人類の進歩を信じる気持ちになれるのではないでしょうか。
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次ページでは第7章・第8章の目次をご紹介します。
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