第10章「自分の頭で考える生き方」からの抜粋です。
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かつての冷戦構造を大前提に「キャッチアップモデル」「人口増加」「高度成長」を与件とした「放っておいても成長する時代」はガラパゴスの夢とともに消え去り、普通の国としてのリアルな現実が到来しています。新しい時代には新しい価値観が必要です。本書の最後に、これからの時代に求められる価値観・人生観とはどのようなものかについて考えていきたいと思います。
さて、一年は何時間あるでしょうか。一日二四時間×三六五日で八七六〇時間です。では、そのうち仕事をしている時間はどれくらいかというと、残業を入れてもせいぜい二〇〇〇時間程度です。ということは、私たちが仕事に費やしている時間は、八七六〇分の二〇〇〇ですから二割ちょっとにしかなりません。
日本人は、かつての高度成長時代の成功体験がなかなか忘れられず、いまでも勤めている職場に対するロイヤリティをひたすら重視する傾向があります。いや、「ロイヤリティ」という言い方は上品な表現で、「エコノミック・アニマル」とか「社畜」と呼ばれることもあります。
高度成長時代ほどではないにせよ、現在でも私たちは必要以上に仕事優先で家族(や自分)にしわ寄せを強いたり、「職場の一員」という立場に過剰適応していたりすることがよくあります。
近年、製品の原材料を偽装するとか、社内データを改竄(かいざん)するといった職場での犯罪が次々と明るみに出ています。担当者は悪いこととは分かっていても「職場のために」犯罪行為に手を染めていたわけです。私たちは「職場の一員」である前に「社会の一員」であるはずですが、上司の命令があたかも絶対の指令であるかのように受け取り、社会的に許されないことをついついやってしまっているのです。職場に過剰適応していると言うほかありません。
私たち現在の日本人の価値観や人生観は、職場や仕事に少々偏りすぎているのではないでしょうか。仕事の話はできても、文学、美術や音楽、歴史や宗教の話ができないというのも、その偏りに起因しているのだと思います。
価値観や人生観は人それぞれ固有のものですから、他人がああしろ、こうしろと強制することはできません。価値観や人生観の押し付けほど嫌なものはありません。ただし、疑問を呈したり、参考意見を述べたりすることは許されるかもしれません。
そこで、以下、私の本音ベースの価値観や人生観、仕事観を「参考」までに述べてみたいと思います。私自身はと言えば、何事であれ「面白いかどうか」「ワクワクするかどうか」を人生観の根底に置いています。それに共感を覚えて何かを汲(く)み取るか、それともスルーするかは、もちろん、皆さんの自由です。
さて、私は、現在、ライフネット生命というベンチャー企業の代表取締役会長兼CEOというポジションに就いています。いわゆる経営者です。経営者は企業に対して大きな権限を持っていると同時に、大きな責任を負っています。それだけに、経営者にとって自分の企業はとても大きな存在です。私は、当然のことですが、ライフネット生命を起業して以来、過去の人生のどの時期よりも長時間必死に働いています。しかし、それにもかかわらず、人間にとって仕事とは何かと言えば、「どうでもいいもの」だとあえて言っておきたいと思います。
その趣旨は「二、三割の時間より七、八割の時間のほうが大切ではないですか?」という問いかけです。先述したように、私たちが仕事に費やしている時間は全体の二、三割程度です。
残りの七、八割の間に、私たちは食べて、寝て、遊んで、子育てをしています。家族や友人と一緒に過ごしたり、団欒(だんらん)の時間を楽しんだりしています。はっきり言って、二、三割の仕事の時間は七、八割の時間を確保するための手段にすぎません。
家族や友人は取り替えが利きませんが、仕事は取り替えることができます。そもそもボリューム的にも二、三割より七、八割のほうが圧倒的です。人生にとって重要なのは、二、三割の仕事(ワーク)か七、八割の生活(ライフ)かと言えば、考えるまでもなく七、八割のほうに決まっています。だから仕事は「どうでもいいもの」なのです。この意味で「ワークライフバランス」という表現は間違っていると思います。「ライフワークバランス」と言い直すべきです。仕事命、職場命の価値観は見直す時期にきています。
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次ページでは第9章・第10章の目次をご紹介します。
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