椰月美智子さんの最新刊『その青の、その先の、』。この傑作の魅力を紐解くべく立ち上がったのは、小説家・樋口毅宏さん。『さらば雑司が谷』で鮮烈なデビューを飾って以降、『民宿雪国』など話題作を連発。最近では、革命的芸人論『タモリ論』を上梓し、話題をさらった。
少年少女の繊細な感性を瑞々しい筆致で描く椰月美智子さん。愛も哀しみも性も暴力も丸呑みするかのごとき作品を放つ樋口毅宏さん。一見すると正反対にも見える二人の小説家が、椰月さんのホームタウン小田原で、いざ対談!
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椰月美智子作品に通底するテーマとは?
樋口 椰月さんって、作品ごとに見事に書き分けるよね。違う作者が書いてるように感じるというか。『十二歳』 『しずかな日々』を書く人がいて、『体育座りで、空を見上げて』 『その青の、その先の、』を書く人、『かっこうの親、もずの子ども』を書く人、で、『ガミガミ女とスーダラ男』を書く人がいてっていう。
椰月 『ガミガミ女とスーダラ男』はエッセイですから、そのまま気楽に書きましたけど。ストレス解消みたいな感じで(笑)。
樋口 あれも最高に面白かったし、旦那さんのことを考えると胸につまらされた(笑)。『市立第二中学校2年C組、10月19日月曜日』の構成もすごいよね。どうやって、クラスの一人ひとりの一日を描くだけで超短編を構成するなんてアイデアを思いついたの?
椰月 最初は、もっと少ない人数でやる予定だったんです。50枚ぐらいの作品にするつもりだったので、登場人物は二人か三人のつもりでいたんだけど、講談社のウェブで上げるっていうことになって、じゃあ一人ずつにスポットを当ててみようって。だから、全体のまとまりがなく終わっちゃうんですけど。
樋口 でも、「一日」っていう時間的な制約があるから、そうは思わなかったですよ。
椰月 小説って、全てを描くことはできないじゃないですか。作者視点でも、主人公視点でも、語り部から見たものしか書けない。でも、現実ってそれだけじゃないですよね。遠いところにいる友人とか、主人公以外の人の動きや感情とか、そういうことも書きたかったんですよね。
樋口 なるほどなぁ。文庫解説を名越康文さんが書いてますよね。まさにその通りだと思ったんだけど、これだけリアルに描けるのであれば、クラスの中から誰かが殺人を犯したとか、自殺をしたとか、失踪したとか、売春したとか、いくらでもそっちのほうに持っていけるのに、一切やらないって書いてあって。椰月さんって、他の作家がやりそうなことをやらないんですよ。それをよしとしないの。自分で言うのも何ですが、僕もそう(笑)。『市立第二中学2年C組』は、言ってみれば「何も起きない日々」を書いているわけじゃないですか。これがね、椰月作品に通底しているテーマだと思うの。”しずかな日々”なんですよ。
椰月 私が死んだら、ぜひ私についての何かを書いてください(笑)。
樋口 飾り立てられた事件を書かないんだよ。殺人を犯した、自殺した、失踪した、売春したっていう、そういうのは、他の作家に任せとけばいいんです。椰月美智子は、静かな日々のドラマ性、日々のドラマにつながる金色の無駄話を書く人なんですよ。
椰月 ウソは書きたくないんです。さっきも言ったように私は「大衆」の一人でありたくて。身の回りで殺人とかって滅多に起こらないじゃないですか。だから、私が思う「本当のこと」を書きたいんですよね。
樋口 今どきの猟奇的殺人みたいなのを書くと、「リアルだ」とか「現代を切り取っている」とか言われるんだけど、決してそうではないんだよね。「何も起きないしずかな日々」の重大さとか、その中にあるキラキラしたドラマを書いてるんだよね、椰月さんは。
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