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スギエ×フジタのマルマル読書RETURNS『蜜蜂と遠雷』

2017.01.08 公開 ポスト

この幸福感は一体どこから? 杉江松恋×藤田香織が『蜜蜂と遠雷』を語り尽くす

 2016年の秋、『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)が刊行されてひと月ほど経った頃、杉江松恋さんと藤田香織さんの二人の猛者が幻冬舎にやってきました。すでにお二人ともが別場で熱く書評されていた本作を、さらに深く語り合うために。読んだ人たちがつい誰かに読後の感動を伝えたくなるこの作品の、秘密を探し出すために。
 2017年1月号の「小説幻冬 vol.3」に掲載された読みどころ満載の対談を、幻冬舎plusでも特別に公開します! 

   

 

フジタ どーもどーも、お久しぶりです!

スギエ え、そんな久しぶりな気もしないけど。

フジタ っていうか、「小説幻冬」の読者のみなさまは、初めましてですね。ええと、ざっくり自己紹介致しますと、私たちは雑誌「GINGERL.」で約五年半、各自が新刊単行本と文庫のオススメを一冊ずつ選んで、ヤイヤイ言う対談をしていたのです。

スギエ ヤイヤイ言う対談(笑)。まぁそうですけど。それが今回、番外編として「小説幻冬」にお邪魔することになったわけですね。

フジタ しかも、たった一冊について、七ページも話すという冒険!

スギエ でも、これ連載が続いていたら、たぶんどっちかが取り上げてた可能性は大きいよね。

フジタ うん、とにもかくにも、こうして話す機会を得られて良かった。

スギエ はい。そんなわけで今回のマルマル読書番外編は、恩田陸『蜜蜂と遠雷』です。

 

「ハチクロ」に引っ張られる!?
「のだめ」じゃなくて?

フジタ いやー、もう何誌かで書評の原稿も書いたんだけど、ずっと「蜂蜜と遠雷」だと思い込んでて、同時期に出た校正を見てたら、全部校閲さんに直されていて、ようやく「みつばちか!」って気付いたんですよ。

スギエ おぉ、校閲はちゃんと気付いたんだね。意外と見落としそうな間違いなのに(笑)。

フジタ そうそう、地味かもしれないけど、ちゃんと凄いよ校閲(笑)! でね、それはもう確実に漫画の『ハチミツとクローバー』の印象に引っ張られて思い込んでたわけです。ハチクロは美術系だけど、青春群像もので、芸術とは何ぞやとか、才能とは何ぞやとか、僕の私の生きる道についての足掻きと葛藤、みたいな漫画なのね。

スギエ あぁ、なるほど。『蜜蜂と遠雷』に重なる部分があるわけだ。

フジタ そうそう。だからなんかキューッて引っ張られて、もの凄く自然に「ハチミツと遠雷」って言ったり書いたりしてたの。危なかった!

スギエ 実は、この『蜜蜂と遠雷』を読み始めたときに、僕の頭のなかにも、「ハチクロ」って言葉が浮かんでたんですよ。でも、半分ぐらいまで読み進んだ頃に、あ、僕の頭のなかにあるのは『のだめカンタービレ』だ! って気付いた(笑)。

フジタ まぁ「のだめ」は音楽系だし、群像もの的な部分もあるしね。

スギエ 「ハチクロ」も「のだめ」もちゃんと読んでないから、あくまでもイメージなんだけど。

フジタ じゃあ具体的な話に入る前に、軽く『蜜蜂と遠雷』の概要を話しておきますか。二行で要約すると、近年、ぐいぐい注目を集めている国際ピアノコンクールを舞台にした、音楽青春群像小説、です。

 

世界中から選ばれし九十人が競い合う
二週間の生き残り戦!

スギエ 開催地は日本の「芳ヶ江」という太平洋沿いの町で、一次から本選までの約二週間の戦いを多視点で描いていくんだけど、その中心となるのが三人の「天才」。ひとりめは、父親が養蜂家で各地を転々としながら、家にはピアノもない暮らしを続けてきた十六歳の風間塵(ジン)。

フジタ ふたりめは、ジュニア時代に国内外のコンクールを制覇しまくって、CDデビューまで果たしたものの、十三歳のときに突然母親を亡くし、そのショックで長くピアノから遠ざかっていた二十歳の栄伝亜夜。

スギエ で、三人めが、高い演奏技術と人々を魅了する容姿、抜群のスター性を持っていて、優勝候補筆頭と目されている名門ジュリアード音楽院の優等生、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール十九歳。

フジタ コンクールの出場者としては、この三人ともうひとり、最年長の二十八歳で、普段は楽器店に勤めていて妻子もいる高島明石が主要人物になってます。ジンと亜夜とマサルはタイプは違えど、明らかに天才で、明石は自分でも三人ほどの才能はないことを分ってるという。

スギエ そんな四人プラス、審査員や出場者の家族や友人、コンクールの取材スタッフや会場の裏方スタッフなんかの視点も入ってくる。

フジタ 予選の前に書類審査で落ちた人たちを救済するオーディションが世界五か所で行われていて、物語はそのパリ会場から始まります。で、あとは芳ヶ江に場所を移して、一次、二次、三次、本選と、ガーッと突き進んでいくんだけど、一次予選でさえ世界中から選ばれしピアノ・エリートが集まってきてるわけじゃない? 九十人も。

スギエ それが二次には二十四人、三次は十二人、本選にはたった六人しか残れない。もちろん優勝するのはひとりですよ。

フジタ 非常にシビアな戦いなわけです。莫大な手間も時間もお金もかかってる。主催者側の〈彼らが求めているのは「スター」であって、「ピアノの上手な若者」ではないのだ〉なんて本音もバンバン出てくるし。

スギエ 僕はまず、やっぱり演劇の対決話だった『チョコレートコスモス』の印象が強かったんですよ。で、今度はピアノでそれをやるのかな、と。だけど演劇はまだ目に見えるけど、音楽を文章にするのはさらに一段、難しい。それをどう表現するのか、お手並み拝見、みたいな感じだった。

フジタ 読む前は、二段組みだし分厚いし、正直、うむむむ大丈夫だろうか、ってちょっと怯んだんだけど、率直な感想としては、面白かった! 職業的にこんな感想もどうかと思うんだけど、いやいや面白かったです。

 

「天才」たちのなかにある「才能」が
さらに発芽していく物語!?

スギエ 僕はね、最初のほうで、パリのオーディションにやって来たジンのピアノを聴いた審査員の先生たちが、このピアノを私たちは、っていうか、音楽界は受け入れられるのか、というような話をするじゃないですか。あれが、ちょっと心配だったんです。

フジタ いわゆるピアノ・エリート的な教育を受けてないジンの、奔放というか自由というかセオリーから外れた演奏を、どう評価するかって話ね。彼は爆弾か、ギフトなのか、みたいな。

スギエ そうそう。ジンはピアノの王道からは外れて生きてきたけど、師匠は世界中の音楽家から愛されている今は亡きピアニストで、その師匠の推薦文を持っていた。それで審査員たちの意見も分れたりするんだけど、え、何これ、背後にそういう政治みたいな話とかも出てくるの? だったらヤダなーと思って。でも、読んでいったら、そっち方向には行かなかった。むしろ、その最初のやりとりが、ラスト近くで生きてくる。なのでとても良かったです(笑)。

フジタ 審査員の先生たちも、ジンの師匠のホフマン先生をすごく敬愛してるんだよね。だからジンに対して微妙に嫉妬心みたいなものもあって。

スギエ 先生たちがピアノに毒塗ったりする方向に進む可能性とか、もうほんと、横道に逸れてもおかしくない要素は沢山あるのに、コンクールと出場者の話に終始しているのが僕としては高ポイントでした。うん、面白かったですね。

フジタ 私は横道好きなので、ここからのスピンアウト的な話もまた書いて欲しいって期待しちゃうけど。女友達にチクチクと満智子が公務員で良かったねぇ、って嫌味言われてる明石の奥さんの話とか、もっと読みたい(笑)。

スギエ 僕はどんな小説でも、題材になってるものに余計な夾雑物がない方が好きなんです。そのままを書いてほしい。いろんなことを臭わせてるのに踏み込み過ぎないところが好みですね。

フジタ 亜夜のお友達の奏ちゃんっているじゃない? 亜夜をピアノの世界に連れ戻した音大の学長の娘で、バイオリン専攻の。亜夜のことをすごく尊敬もしてるし、衣装を貸してあげたりあれこれ親身になってくれてる……。

スギエ 嫌味要素のない、本当の仲良しの(笑)。

フジタ そうそう(笑)。彼女はものすごく耳が良くて、音楽を聴くことに関しては類い希な才能があるけど、バイオリニストとしての腕前はさほどのものではないって自分で分ってる。だから真の仲良しではあるけど、亜夜に対して微妙に複雑な思いも当然あるわけですよ。そういう部分を、ニュアンスとして感じさせるだけに留めてるところがスギエさん的には好ましいってこと?

スギエ そうです、そうです。亜夜の屈託と挫折みたいな話も、これ以上掘り下げられたら辛いな、ってところで本人が気付いて、ピアノというか音楽にちゃんと向き合っていく方向に戻る。
 これね、一次から二次の間は、少年漫画的に言うと、特訓するとこなんですよ(笑)。いろんなサブストーリーをくっつけて、そこで特訓させるんだけど、なぜかっていうと、人間に天才性があるってことを少年漫画は信じてないの。だから天才が天才になるためには努力させなくちゃいけない、って考え方になるんだけど、この小説はそうじゃなくて、才能が、自分の中にあるものが発芽していく話なんです。だから、ステージ外のことについては内省するだけで終わりなんですよね。僕の好みってだけじゃなくて、それは大きな美点でもあると思います。

 

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