数々の困難を乗り越え、神岡鉱山地下に「KAGRA」建設
日本もかねてから大型計画のビジョンを持っていました。東京大学宇宙線研究所の重力波グループが中心となって90年代終盤から構想した「大型低温重力波望遠鏡」計画がそれです。これは「Large-scale Cryogenic Gravitational wave Telescope」の頭文字をとって、「LCGT」と呼ばれました。
観測もできるプロトタイプTAMA300に加えて、岐阜県の神岡鉱山の地下に基線長100メートルの「CLIO」を建設したのも、将来のLCGT建設を見据えてのものでした。
CLIOの施設には測地学のための地殻ひずみ計も設置されており、地球物理学の研究も行われています。しかしLCGTのプロトタイプとしても、それを地下に建設することに意味がありました。日本はLIGOやVIRGO(イタリアとフランスが共同開発した観測施設)とは違い、地下に基線長3キロメートルのレーザー干渉計をつくることを計画していたからです。
国土の狭い日本は、地上にLIGOやVIRGOのような巨大施設をつくることが容易ではありません。しかし地下に長いトンネルを掘れば、それも可能です。神岡鉱山では、超新星ニュートリノを検出したカミオカンデや、ニュートリノ振動を発見したスーパーカミオカンデなど、地下実験施設の実績もありました。
それに、地下には地上にはないメリットもあります。固い岩盤に囲まれた鉱山の地下は、地上よりも地面振動が2桁ほども小さいので、余計なノイズを避けることができるのです。
また、CLIOは世界で初めて、レーザーを反射する鏡に冷却サファイアを使用しました。これもLCGTを見据えたものです。その名称からもわかるとおり、LCGTは装置を「低温」状態で稼働させる点が、LIGOやVIRGOにはない最大の特徴なのです。その理由はのちほど説明しますが、CLIOでは低温動作の実験が次々に成功しました。
TAMA300が世界に先駆けた本格的な重力波望遠鏡として感度を上げ、CLIOも成果を挙げていましたから、LCGTへ向けた準備は順調に進んでいたといえます。しかしこの大規模実験計画にはなかなか予算がつかず、関係者をやきもきさせていました。予算規模の大きい実験は世の中の経済情勢に左右されるので、研究者の思惑どおりに進むとはかぎりません。
研究の流れだけを見れば、2000年にTAMA300が世界最高感度を記録したくらいの時期に、LCGTに予算がついても不思議ではありませんでした。しかしその頃、日本経済は長い不況の真っただ中でした。そのためなかなか予算がつきません。
そして、2010年についに「最先端研究基盤事業」においてようやく建設のための予算を獲得することができたのです。しかし、LIGOやVIRGOはその年に早くも初期型から「アドヴァンスト」への改良に着手していたわけですから、日本が大きく出遅れてしまったことは否めません。
しかも、私たち実験関係者がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、その翌年の3月11日に、東日本大震災が発生します。その影響で、この年に予定されていたトンネルの掘削開始は翌年に持ち越されました。
着工は、2012年1月28日。その日に東京大学柏キャンパスで行われた着工記念行事では、作家の小川洋子さんを委員長とする愛称決定委員会が選定した「KAGRA(かぐら)」という愛称も発表されました。KAGRAは、いろいろな意味が込められていますが、そのうちの一つは、神岡の「KA」と重力波(Gravitational wave)の「GRA」を合わせたというものです。
その後は順調に建設作業が進み、KAGRAの初期装置の入れ物の部分は2015年11月に完成しました。翌2016年3月には、初期装置の動作に成功し、続いて試験運転を行いました。現在は、最終的な装置に近い形で運転することを目指して、性能を確認する作業を続けています。
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