知の巨人・佐藤優さんの自伝ノンフィクション『先生と私』が1月に発売された。誕生から高校入学までの15年間を描いたこの作品には、現在の佐藤さんに大きな影響を与えた出会いや学びが記録されている。
母親がキリスト教だった佐藤さんにとって、「神様」はとても身近な存在だった。優少年にとって神様はどのような存在だったのか。そしてそれは現在の佐藤さんにどんな影響を与えているのだろうか。
●神様のために努力するのは当たり前のこと
――『先生と私』を読むと、お母様がキリスト教徒だったこともあり、佐藤さんにとってキリスト教がとても身近だったことがよくわかります。高校を卒業後、佐藤さんは同志社大学の神学部に入学しますが、少年期にキリスト教と出会った影響が強いのでしょうか。
佐藤 小学校低学年のころから教会に通っていたので、たしかにキリスト教は空気のようなものでした。でも、キリスト教を知的な問題として考えるようになったのは、高校3年生の倫理社会の授業で神学書に触れたことがきっかけです。
ただ、私の世界観や人間観には、子どもの頃に触れたキリスト教カルヴァン派の刷り込みが強く根を張っています。
――どのような刷り込みでしょうか?
佐藤 神様はいつもすべてを見ているということです。教会では天国には神様のノートがあって、そのノートに人間に関するすべてのことが書かれていると教えられました。そのノートには、誰が神様の御心にかなって救われるかということも書かれている。だからどんなに人間が努力をしても、救われるかどうか、選ばれるかどうかは関係ないんですね。
じゃあ努力しなくていいかというと、そんなことはなくて、神様のために努力をするのは当たり前のことなんです。学生だったら一生懸命勉強することで、神様は喜ぶ。こういう神中心、絶対他力によって救われるというような考え方は、今の私にもはっきりとあります。
――でも、お父さんは仏教の臨済宗の家系で、神様を信じていなかったんですよね。
佐藤 そうです。キリスト教カルヴァン派は絶対他力ですから、仏教で言えば浄土真宗に近いわけですよね。一方、臨済宗のような禅宗は自力本願です。父も、人間の救済は究極的に自力によるものだと考えていました。
ちょっと脱線しますが、禅宗のお坊さんと話すと非常に面白いんです。一昨年、相国寺の僧侶のみなさんを前にして「危機の時代における宗教」というテーマで連続講義をしました。その際、私がどんなに笑いがとれそうな話をしても、彼らは決して笑わない。ずっと無表情で聞いているんです。
作家の玄侑宗久さんとお話ししたときも同じように笑わないので、なぜ禅宗の僧侶は笑わないのかと尋ねてみました。玄侑さんによると、禅宗のお坊さんは、笑いそうなこと、怒りそうなことがあると、感情のスイッチを切り替えることができるそうで、そのために座禅の訓練をするのだそうです。
――宗教観がご両親で真逆ですが、その間で佐藤さんが揺れることはなかったんですか。
佐藤 父は母が教会に行くことや、子供を教会に連れて行くことにも反対はしなかったんです。だから、宗教のことで家がもめるようなことはありませんでした。
●キリスト教はなぜ斜陽産業なのか
――大学で神学を学んだ佐藤さんからすると、当時の教会の教えはどのように感じられますか?
佐藤 今から振り返ると、神学的にはすかすかだったな、と思います。私のように専門で神学をやると、あまり神学が得意でない牧師の説教を聞くと腹の中でニタニタ笑いながら「この説教だと、15世紀だったら火あぶりだな。いまの時代でよかったな」と思うわけです。
でも、仏教はもっとすごいですからね。最近は、通信教育で手軽に僧侶の資格が取れる。産業として見ると、キリスト教は仏教に比べて斜陽産業です。結婚は多くて三回でしょう。たいてい二回目以降は結婚式もしませんから、実質キリスト教が関わるのは一回です。でも葬儀は、初七日とか四十九日とか、三回忌、七回忌……とずっと法要をしていくわけですよ。この差は産業としては大きい。しかも最近はペットの供養までしているからね。
――ペットの結婚式を教会であげたという話は聞きませんね。
佐藤 ないですよね。同志社の神学部の友人も「キリスト教は、葬式がとれないから儲からない。俺の高校時代の友達に寺の息子がいて、通信教育で坊主の資格を取り、彼岸に檀家に勝手に押しかけていって経を読んでお布施を取ってきて、中州のソープで遊んでいる」と言っていました。
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