新垣結衣さんと大泉洋さんが夫婦役で初共演する『トワイライト ささらさや』。11/8(土)の全国公開に先駆けて、原作『ささら さや』の冒頭部分を公開。のどかで、あったかくて、でもどこか不思議な町「佐々良(ささら)」で起こるさまざまな奇蹟、愛しく切ない夫婦の愛の物語の始まりですーー。
トランジット・パッセンジャー
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サヤに言わせれば、人生とはまだ語られていない物語なのだそうだ。俺とサヤが出会って恋をして、やがて二人が結婚してユウ坊が生まれたことも、すべて物語の正しい筋書に沿った流れなのだと言う。
俺の意見はかなり違っていた。
馬鹿だなあ、サヤ。人生なんて、ほんのちょっとした弾みで、どんどん思いも寄らない方向に転がっていってしまうもんだよ。ごくささいな行き違いから、俺とサヤはそれぞれ別の人間と結ばれていたかもしれない。ユウ坊はこの世にいなかったかもしれないんだぞ……。
あんまり調子に乗るとサヤが拗(す)ねてしまうから、それ以上言い募ったことはない。もとよりサヤをからかっただけで、真っ向から彼女の意見を否定しようと思ったわけでもないのだ。
だけど、ことあの日に関してだけは。あの決定的な日に限っては、俺は今でもこう考えている。
たぶん、ほんのちょっとした違いで、どうってことのないごく平凡な一日になるはずだったのだと。いつもと変わらない、平凡で満ち足りた一日に。
五月のよく晴れた日曜日。ベランダには真っ白に洗い上げられたおしめだの俺のTシャツだのがはためき、サヤは鉢植えのミニバラが咲いたと言って喜び、ユウ坊は無心に自分の小さな握り拳をしゃぶっていた。
午後二時を少し回った頃、夕食の買い物を兼ねて、散歩でもするかということになった。まったく、家族そろっての外出には、うってつけな午後だった。
少し足を延ばした大手スーパーマーケットで、ベビー服売場だの、おもちゃ売場だのをのんびりと見て回った。ユウ坊はまだまだ、玩具の類(たぐい)を買って買ってとねだる歳(とし)じゃないから、楽しんだのはもっぱら俺たち親の方だ。散々冷やかしてからユウ坊の肌着を一枚と、青いボールをひとつ買い、俺たちはこの上なく満足して地下食品売場に向かった。
鮮魚コーナーでは、店員が声を嗄(か)らして叫んでいた。さあさ、お買い得。カツオの半身が、たったの三百円ですよ、今晩のオカズは、たたきで決まりだあ――。威勢のいい声につられるように、ちょっとした人だかりができている。俺たちはとっさに顔を見合わせ、にっこり笑ってうなずきあった。ニンニクをきかせたカツオのたたき。悪くないねえ。それにほどよく冷えたビール。ますます、悪くない。俺は上機嫌でそう考えたものだ。
悪くないどころか最悪だったと気づいたのは、すべてが終わったその後のことだった。