日本人で唯一、世界にある8000メートルの峰、14座を完全登頂したプロ登山家の竹内洋岳さん。彼の言葉、思いに、写真家の小林紀晴さんが迫った『だからこそ、自分にフェアでなければならない。 プロ登山家・竹内洋岳のルール』が一冊にまとまった。本が出来上がった今、お互いをどのように見ていたのかを振り返る――。(構成:小西樹里 撮影:菊岡俊子 天狗岳写真:小林紀晴)
“登山家”の竹内さん、“東京で生活する”竹内さん
竹内 雑誌の取材で小林さんに写真を撮っていただいたあとで、名刺を見直して「あれ、この名前どこかで見たことがあるな」と思ってよく考えたら、小林さんが書かれた本を何冊か読んでいたんです。“カメラマンの小林紀晴さん”と“作家の小林紀晴さん”が結びつくのに自分の中で時間がかかりました。そのときは新宿の高層ビルの間で撮影をしたんですが、実はカメラマンとしては動きが鈍いなと思ったんです(笑)。
小林 (笑)。どんな風にですか?
竹内 歩道橋で人がたくさんいるところでの撮影だったので、すごくやりにくい環境だったと思うんですよね。カメラマンってそういうときにもパパッとやるのかなと思っていたら、意外にもすごく苦労されていて。
小林 僕は人の流れは止めないので……。あの日は、すごく風の強い日だったのは覚えています。
竹内 それで、小林さんが本を書かれると知ったときに、「ああ、なるほど」とちょっと思いました。写真だけで表現する人じゃないんだなと。
小林 この本のための取材であらためてお会いしたとき、「撮影のときと印象が違いますね」って竹内さんがおっしゃったのが気になりました。
竹内 2度目にお会いしたときは、作家として、これから聞こう、書こうという積極性があって存在感が違いました。カメラを構えているときは気配を消されている感じがしたけど、今度は私と相対しようという感じで、同じ人には見えなかった。小林さんの内面できっと重なっている、二面性ではない別の局面がおもしろかったです。
小林 なるほど。
竹内 ひとつの山でも、見る角度によって雰囲気が違います。富士山でさえも、こっちから見た方がかっこいいなとかきれいだなとかが必ずあるんです。小林さんは写真家としての景色と作家としての景色がちゃんとあるんだなと思いました。
小林 ありがとうございます。
竹内 私のことが書かれた本は、書き手がめずらしい生き物の表面を観察してから、少しずつ内面を探っていくようなところがどうしてもあって、自分でも「もの好きな人だなあ、何でこんなことしてるのかなあ」と思いながら読み進むのですが(笑)。今回の本は、小林さんご自身が山登りをされているし、ネパールやアジアの変わった地域を旅されていることもあるからか、まず理解があるところから始まっていると思いました。
小林 確かにそうなのかもしれません。でも言われるまで気がつきませんでした。竹内さんはご自分のことを客観的にご覧になってますね。
竹内 本やテレビに登場する“登山家の竹内洋岳さん”というのは、私にとってもときどき観察する対象になっていまして、 “登山家の竹内さん”と“東京で生活している竹内さん”に私自身はあまり違和感がなくても、「あのときはどうだったんですか?」と“登山家の竹内さん”のことを質問されると、思い返そうとすればするほど、訊かれていることと“東京で生活している竹内さん”との乖離を感じます。2年前に登頂した14座のダウラギリで本当に一歩も二歩も足が出なくて、一晩、高所でビバークしているときの様子と、空調のきいた部屋でそのときのことを話しているときの様子というのは、あのときの自分と今の自分が時々ふっと離れるんですね。
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