天皇家の普段のお食事は、贅を尽くしたごちそうではなく、野菜中心のバランスのとれた献立でした。
天皇陛下の長寿と健康を26年間支えた料理人が、宮内庁大膳課で培われた料理のコツと“こころ”とともに、97の和のレシピをご紹介する書籍『天皇陛下料理番の和のレシピ』。この書籍の内容をダイジェスト版でお届けします。
前回の記事:天皇陛下のお食事、仕上げのタイミングはお天気次第?
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四半世紀あまり大膳課に勤めた私ですが、普段は陛下に直接お目にかかってお話しする機会などまずありません。ですから、お言葉を直接かけていただいた、たった一度のあの時のことは、生涯忘れることはないでしょう。昭和45~46年頃、11月のことでした。
皇室では毎年一度、菊栄親睦会といって皇族と旧皇族のみなさまでお集まりになる会がありました。その年は陛下の在位60年を記念して、いつもに増して盛大な会となりました。パーティーは立食形式で行われ、和洋の料理、デザート、飲み物を取り揃え、さらに模擬店を設けて列席の方々に私たちの作る料理を直接お楽しみいただくのでした。
当時、私は24、25歳で、大膳課に勤めるようになってからさほど年月が経っていない頃でした。私はその年、初めて天ぷらの担当になりました。お皿に盛っておけるものでしたら調理しておしまいなのですが、天ぷらや寿司はそうはいきません。寿司は、銀座のお店から寿司職人が出張されていました。
模擬店形式ですので配膳する方はおらず、直接お客様をお迎えするためにかなり緊張していました。でも実際に始まれば、いつもの仕事を黙々とこなすだけですので、穴子や海老、しいたけ、青じそなどを並べて、お客様のご注文いただく通りに次々と揚げていきました。
淡々といただいた注文を揚げていたのですが、ふと気がつくと、陛下が私のすぐ目の前にお立ちになっているではありませんか。一瞬で頭が真っ白になってしまい、最初以上の緊張に逆戻りです。陛下は「穴子と、しそを」とおっしゃって、私は「はい、かしこまりました」とお返事したものの、緊張からいつものように手が動きません。
まず穴子を箸でつかもうとするのですが、なかなかうまくつかめません。手が固まって動かず、小刻みに震えてしまうのです。何とか穴子を油に入れましたが、次の青じそは薄いため、さらにうまくつかめませんでした。こうしている間にも陛下はお立ちになって、でき上がりをお待ちになっています。早打ちする心臓の鼓動が、自分の中で大きく鳴っていました。ようやくつかめた青じそは、油の中で葉と衣がばらばらになってしまい、見る影もなくなってしまいました。
それでも陛下は天ぷらの出来栄えを気に留められるご様子もなく、すぐに召し上がってくださいました。
何ともいえない優しいお姿でありながら、えもいわれぬ威厳がおありで、聖上(おかみ)でいらっしゃるただ一人のお方なのだと納得しました。そして、生涯、この聖上お一人にお仕えしようと自分自身に誓ったのでした。
海老の春雨揚げ
海老の揚げ上がりの理想は、身がプリッとして限りなく半生に近い状態。
中まで火が入りやすいように下ごしらえして手早く揚げ、甘みの凝縮した一品に仕上げます。
◆材料(2人分)
殻つき海老 … 4尾
春雨 … 10g
薄力粉 … 適量
卵白 … 1個分
揚げ油 … 適量
◆作り方
1) 海老は尾を残して殻をむき、筋切りをし、真っすぐに伸ばす。
2) 春雨は1cmの長さに切る。
3) 1) に薄力粉をまぶし、溶いた卵白にくぐらせ、2) をつける。170度の揚げ油でからりと揚げる。塩(分量外)でいただく。
※第5回は5月24日(日)更新予定です
天皇陛下料理番の和のレシピ
天皇家の普段のお食事は、贅を尽くしたごちそうではなく、野菜中心のバランスのとれた献立でした。
天皇陛下の長寿と健康を26年間支えた料理人が、宮内庁大膳課で培われた料理のコツと“こころ”とともに、97の和のレシピをご紹介する書籍『天皇陛下料理番の和のレシピ』。この書籍の内容をダイジェスト版でお届けします。