「ひとりのパリの女」は「ユヌ・パリズィエヌ」
──不定冠詞単数
まあ、ここまでで、とりあえず理屈はおくことにしましょう。
まずは、不定冠詞の単数から始めます。
なんでもいいから1個のものを指示する不定冠詞ですが、フランス語には男性名詞と女性名詞がありますので、この順に従って、
un (アン)
une (ユヌ)
不定冠詞の単数には男性形の un (アン)と女性形の une (ユヌ)があるわけです。
un の発音は第1章でやりましたよね。この綴りは鼻母音で「アン」と発音します。
また、une の場合は、母音(u、e)ごとに音節が作られるので、u-ne と音節が分かれて発音されることになります。u は「ユ」、ne の語尾の e は発音されないので、「ネ」ではなく「ヌ」。あわせて「ユヌ」となります。
un は鼻から音を抜く鼻母音の「アン」ですが、une はあくまでも「ユ」と「ヌ」で、「ユンヌ」と鼻にかかることはありません。
この点で、日本語になったフランス語のカナ表記にはしばしば間違いがあるので、注意が必要です。例えば、パリに暮らす男性と女性を表す「パリジャン」「パリジェンヌ」という言葉です。
これらのカナ表記のもとのフランス語は parisien および parisienne と書きます。
都市名のParisから parisien という形容詞(「パリの」)ができ、その形容詞の男性形 parisien が「パリの男」という意味の名詞、女性形の parisienneが「パリの女」という名詞になったのです。前者が男性名詞、後者が女性名詞であることはいうまでもないでしょう。
この両者に共通する発音の特徴として、母音に挟まれた s は「ズ」と濁るという原則がありましたね。そこで「パリシャン」ではなく、「パリジャン」となるのですが、ien という綴りは1つの鼻母音になって「ィヤン」と発音されます。例えば、フランス語で very good を意味する très bien は日本語でも「トレビヤン」というカナ書きで知られていますよね。
で、parisien の場合ですが、濁る s は、j ではなく z の音になるので、より正確には「パリズィヤン」ということになります。
一方、parisienne の sienne は、母音を基本単位とする音節の区切りによって si-en-ne と分かれ、ien という鼻母音は消えてしまいます。そして、en の e は音節の切れ目にないので「エ」と発音されます。また、重なっている子音(n)は1文字扱いになり、語尾の e は発音されないので、neは「ヌ」。つまり、si-en-neの発音は「ズィエヌ」となります。そういうわけで、全体としては、「パリズィエヌ」という発音になるわけです。日本語の「パリジェンヌ」のように鼻にかかることはありません。
というわけで、une の発音は、「ユンヌ」ではなく、「ユヌ」なのです。
かくして、男性名詞と不定冠詞の単数形の組みあわせと、女性名詞と不定冠詞の単数形の組みあわせが分かるようになりました。語順は、冠詞+名詞の順になります。
un crayon (アン・クレヨン)
une table (ユヌ・タブル)
最初に、homme(男)と femme(女)、père(父)と mère(母)という名詞をやりましたが、これらに不定冠詞の単数形を付けると、un homme、une femme、un père、une mère ということになります。
発音は、un homme 以外は、これまで学んだとおり、「ユヌ・ファム」「アン・ペル」「ユヌ・メル」となります。
しかし、un homme だけは「アン・オム」ではなく、「アン・ノム」となります。 un(アン)は本来、1個の鼻母音なので、語尾で nの音が発音されているわけではないのですが、綴りには n の字が出ています。そのため、この綴りのn が、次に出てくる母音(「オム」の「オ」)とくっついて「ノム」と発音されてしまうのです。
このように、綴りに出ている子音が、本来は発音されないはずなのに、あとの母音とくっついて発音されてしまう場合を「リエゾン」といいます。「リエゾン」は「連係」という意味で、発音されないはずの子音があとの母音と「連係」して発音されてしまうことをいいます。
un homme が「アン・ノム」と発音されるのは、リエゾンが起こっているのです。リエゾンについては、また出てきたときに説明しますね。
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