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平成精神史

2019.03.30 公開 ポスト

敗北宣言から始まる希望【片山杜秀×白井聡】片山杜秀

「ふつう=日本会議的おじさんの逆」を目指す

白井 わずかでも希望のあることを語るべきだと思うので、僕もひとつお話ししておきましょう。私はいま京都に住んでいるんですが、先日、関西のテレビ番組を見ていたら、「住み心地がとてもいい町」として尼崎市が紹介されたんです。

尼崎市って、関西ではイメージが非常に悪い町なようです。寂れた工業地帯で、賭博関係の施設が多くて、柄が悪いと思われている。しかし実はいまは、子育て環境がものすごく良いんだそうです。

その番組によると、女性市長が2代続いた結果、大きく変わったんですね。学校給食などの施策を次々とやったことで住み心地が良くなり、人口も増えている。いったいどんな市長なのかと気になって調べてみたら、2人ともいわゆる革新系なんです。

ちなみに僕は東京の町田市生まれなんですが、明治初期には自由湯民権運動の高揚で知られたこの街は、いまは悲しいことになっておりましてね。「中学校の給食を改善してくれ」という嘆願書に署名が集まって、議会に提出されたんですが、委員会では「給食なんか充実させたら家庭が壊れる」と却下されたんです。たぶん、日本会議的なおじさんたちが反対したのでしょう。

この鮮やかなコントラストからわかるとおり、いまの日本がダメになった理由は、八割方は日本会議みたいなおっさんが威張りくさっているからなんですよ。尼崎のほうは、それとは逆のタイプの人に権力を与え、結果、すごく良くなったわけです。

希望って、実はこんなところにあるんじゃないですかね。要は「ふつうにやればいい」というだけの話。平成時代が複雑骨折みたいなことになったのは、ふつうにふつうのことができない社会になったからでしょう。間違いに気づいたら修正すればいいのに、「絶対に間違ってない」と言い張って、さらに間違ったことを3倍増し、5倍増しでやってきた。

大学改革なんてその典型で、現政権になってからその傾向が加速してきました。何しろ親分が、自分の学歴に対するコンプレクスと大学の学問に対するルサンチマンに凝り固まっている。

2014年にはOECD(経済協力開発機構)閣僚理事会で、日本の高等教育について「学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な職業教育を行う」と発言しました。さすがにこれは「学術研究を深めるだけではなく」の言い間違いだろうと思いましたが、そうじゃない。官邸のサイトを見ると、堂々と「深めるのではなく」と書いてあります。

片山 え、そうなんだ……。私もあれは言い間違いだと思っていました。公式にそう書いてあるということは、かなり狂った状況ですよね。

白井 そういう精神の複雑骨折みたいなものをひとつずつ治していく作業が、僕らには求められているのではないでしょうか。

片山 おっしゃるとおりだと思います。間違いに間違いを重ねるような政策が受け入れられているのは、「まだ経済成長ができる」という幻想を信じている国民も多いからでしょう。だから、その幻想を振りまく政治家には票が集まる。「もう成長はしないから痛みを分かち合いましょう」なんて言う人にはあんまり投票しませんよ。

その詐術に政治家自らが嵌(はま)って、おっしゃるとおり3倍、5倍とおかしなことが増幅された。金融緩和なんて、いったいどうやって元に戻すんですか。経済成長すれば戻すタイミングも出てくるけど、成長しないんだからどうしようもない。

でも、さすがにみんな「これはおかしい」とわかってきましたよね。だから、やっと尼崎モデルみたいなものが蘇ってきたのかもしれません。これ以上、国民の資産を取り崩して崩壊したら大変だから、成長はしないけど少しでも安定的に持続するようにして、みんなで助け合って生きる。子どもが育てやすくなれば人口も増えて、時代が変われば別の芽も出てくるかもしれません。

今後はそういう長期持久戦に備えて、成長幻想をいったんカッコに入れるべきだと思います。税金がいくらか高くなっても、基本的には福祉国家の路線を捨てない。もっとも、税金を上げると「金持ちがみんな外国に逃げていくぞ」という話になるんですけどね。

白井 某経営者じゃないですが、捕まえて閉じ込めるわけにもいかないですしね(笑)。

片山 それで全財産没収とか(笑)。そんな国家社会主義はもちろん論外なわけですが、そういう手でも打たないと持続しない社会であることを誤魔化して成長幻想を振りまくから、ダメなんです。

平成のあいだに、どれだけ後世に負担を残してしまったことか。もう負債を増やすのはやめなくちゃいけない。成長幻想を捨てて、いまあるものを守りながら国民に広く分け与えていくという、当たり前のやり方を取り戻す。そう主張する政治家に票が集まるようにしなくちゃいけません。

結局、いまは敗戦のときと同じなんですよ。現政権の支持者たちは負けを認められずに、敗戦時のブラジルの「勝ち組」みたいになっちゃってる。負けてるのに「勝ってる」という人たちが、負けたと知ってる人たちを黙らせているんです。これを止めるには、誰がどう見ても敗戦だとわかるようにしなくちゃダメですね。

白井 日系ブラジル移民が「勝ち組」と「負け組」に分かれたのは、ラジオを持っていたかどうかが大きな要因でした。ラジオを持ってる人たちは玉音放送を聞いて「祖国は負けたんだ」と納得したけど、持ってない人たちは信じなかった。そのひそみに倣うなら、今回も天皇陛下が「わが国は負けました」と宣言するのがいちばんではないかと。

片山 今上天皇は父上の玉音放送と人間宣言を意識してこられたと思うので、あのビデオメッセージだけでは、ひとつ物足りないでしょうからね。ご在位中、最後にもういちど「日本はこのままでいいのか」みたいな演説をやっていただきましょうか。いやいや、話が畏れ多くなってしまい、もう思想警察に引っ張られるレベルですね。

白井 あるいは、いまの皇太子殿下が即位されたときに何をおっしゃるかですね。

すばらしいご著書に加えて、楽しいお話をどうもありがとうございました。

(構成 岡田仁志)

(了)

*4月6日(土)13時から朝日カルチャーセンター立川教室で片山杜秀さん『平成精神史』の出版記念講座が開催されます。詳細・お申込みは、朝日カルチャーセンター立川教室のサイトからどうぞ。

白井聡『国体論 菊と星条旗』

いかにすれば日本は、自立した国、主体的に生きる国になりうるのか? 鍵を握るのは、天皇とアメリカ――。誰も書かなかった、日本の深層! 自発的な対米従属を、戦後七〇年あまり続ける、不思議の国・日本。 この呪縛の謎を解くカギは、「国体」にあった!  「戦前の国体=天皇」から「戦後の国体=アメリカ」へ。 気鋭の政治学者が、この国の深層を切り裂き、未来への扉を開く!

 

関連書籍

片山杜秀『平成精神史 天皇・災害・ナショナリズム』

度重なる自然災害によって国土は破壊され、資本主義の行き詰まりにより、国民はもはや経済成長の恩恵を享受できない。何のヴィジョンもない政治家が、己の利益のためだけに結託し、浅薄なナショナリズムを喧伝する――「平らかに成る」からは程遠かった平成を、今上天皇は自らのご意志によって終わらせた。この三〇年間に蔓延した、ニヒリズム、刹那主義という精神的退廃を、日本人は次の時代に乗り越えることができるのか。博覧強記の思想家が、政治・経済・社会・文化を縦横無尽に論じ切った平成論の決定版。

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片山杜秀

1963年、宮城県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。思想史家、音楽評論家。慶應義塾大学法学部教授。専攻は近代政治思想史、政治文化論。『音盤考現学』『音盤博物誌』(ともにアルテスパブリッシング、吉田秀和賞とサントリー学芸賞受賞)、『未完のファシズム』(新潮選書、司馬遼太郎賞受賞)、『「五箇条の誓文」で解く日本史』(NHK出版新書)、『平成史』(佐藤優氏との共著、小学館)など著書多数

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