●糺の森は嘘を暴いて真実をえぐりだす場所
――花房さんご自身も三姉妹ということで、姉妹という関係性に対していつも花房さんが感じられていることは、どういったことでしょうか。
花房 私は長女で、祖父母にとっても最初の孫だったので、可愛がられたし甘やかされました。そのせいか私がよく喋るわがままな子供になり、次にできた妹が萎縮して、ものすごくおとなしい子になってしまったと言われたことがありますね。それが昔は、自分の責任にされているみたいで、すごく嫌でした。
一番下の妹は、男と女の双子だったこともあり、親にかまわれなかったせいか、すごくしっかり者です。結婚も、一番下の妹が最初で、私が最後でしたので、随分と周りに心配されました。
姉妹とか兄弟って、当たり前のように比べられる。親や育ちが一緒だからこそ、「差」が目立つ。だからどうしても、生まれて最初の「ライバル」になってしまわざるをえません。姉ちゃんは成績がいいのにお前はとか、妹は可愛いのになんて、無神経な比べられ方をされて傷つく人たちもいます。そうなると、仲が悪いわけでもないけれど、劣等感が芽生えたりもしますよね。姉妹だからこそ、それをずっと背負わなければいけない、すごく理不尽だと思います。人に言われなくても、自分で引け目に感じてしまったりもします。
私は若い頃、とてもふらふらして親に迷惑もたくさんかけてきたので、堅実な生き方をしている妹たちに劣等感があると同時に家族に対して申し訳なさが常にありました。運命は性格がつくるものだと司馬遼太郎さんが書かれていまして、本当にその通りだなと思っているんですが、それならば姉妹であるからこそ形成された性格が、人生をつくってしまいますよね。
――『偽りの森』は、姉妹という女たち、そしてやっぱり、京都という舞台が主役だと思いました。中でも下鴨という場所を選ばれた理由、下鴨という場所が持つ意味を教えてください。
花房 最初の質問の答えとかぶりますけど、散歩コースで行く機会が多く、大きな家が立ち並んでいて、京都という特別感のある街の中でも格段に「特別」な場所だと思っているからです。
あと、小説の中でも登場しますけれど、高野川と賀茂川が合流する三角地帯からは、比叡山や如意ヶ岳と京都の東山の山並みがすごく綺麗に見えるし、水が清らかで鴨や鷺らいろんな鳥がいて、子供から大人まで水遊びをして、すごく素敵な場所です。便利な街の中に、こんないいところがあるなんてと来る度に感動します。あの光景を眺める度に、ここから離れたくないし、京都に来てよかったと思います。
それと、ふたつの川に挟まれた「糺の森」の由来は小説の中にも登場してきますけど、嘘偽りをただす森で、恋人を連れてきて真実の愛を誓わせたという和歌が新古今和歌集にあります。
恋人に真実の愛を誓わすっていうと、ロマンティックですが、実際は、脅迫に近いですよね。そんなところに連れてこられたら、思ってなくても真実の愛を誓わざるをえない。そこで自分の本心もわかってしまう。だから糺の森って、全然ロマンティックな場所じゃなくて、嘘を暴いて真実をえぐりだす場所で、しかも現在、そこに家庭裁判所があるのが、シャレが効いてるというか、怖いな、と。
その「糺の森」の由来が、女たちの「秘密」や「嘘」が暴かれる場所にちょうどいいなと思いました。
ちなみにその和歌は「いつはりをただすの森のゆふたすきかけつつ誓へ我を思はば」という歌ですけど、詠んだのは平安時代に色好みで知られて平中と呼ばれた平貞文です。平中といえば、芥川龍之介の『好色』の主人公でもあるんですけど、『好色』は恋という幻想の真髄を描いた話だと私は思っています。苦しい恋を諦めるために、女の排泄物を見ようとするという、えげつない話です。