◆「僕はネトウヨの気持ちがわからないでもない」(國分)
上野 もう1つ、私が國分さんのこの本で学んだことはね、「人生というのは第二形式の退屈を生きることだ」と。「第二形式」ってよくわかんないでしょ。わかんない人は本を読んでください。私は解説しませんので。
ここから抜け出す方法が、何を決断するかよりも、決断すること自体のほうが大切だという「決断主義」。「決断の奴隷」になるという方法です。こうやって説明されるとね、最近のヘイト・スピーチとか、ネトウヨ(ネット右翼)になる人たちの気持ちがよくわかる。彼らは「決断の奴隷」になってるんでしょうね。そこにはある種のヒロイズムもあるしね。
國分 彼らは決断してるのかな。「決断の奴隷」というより集団神経症という感じがするんですが。
これは今日ぜひ上野さんに聞いてもらいたいと思ってたんですけど、僕、ネトウヨの気持ちがわからないことはないんです。僕自身は「志」が違うからネトウヨには絶対ならないんですけど、彼らのパッションはわからないことはない。つまり、「上の世代はさんざん俺たちにいいこと言ってきたけど、結局自分では何も考えてなかったんじゃねえかよ」という気持ちです。それはものすごく強くあります。
だから、僕がネトウヨに対して言いたいのは、「てめえら怒ってんだったら、それを近隣諸国に向けるんじゃなくて、上の世代に向けろよ」ということですね。
上野 上の世代と言うとアタシのこと?……(会場、笑)。
國分 すみません(笑)。別に上野さんに対してじゃなくて、学校の先生とかに対してなんですけど。たとえば例をあげると、僕、湾岸戦争はけっこうショッキングな出来事だったんですよ。
上野 私だってショッキングでしたよ。こんなバカげたことが20世紀も終わろうとするときに起こるのかって。
國分 そういう意味もあるんですけど、僕はあのとき、新聞の社説って社によって違うことを言うんだなって、初めて知ったんです。僕はそれまで、社会にはなんとなく一定の正義というものがあって、どこの社説も、それを適当に薄めて書いているのかと思ってたんですよ。
上野 そんなナイーブな坊ちゃんだったんですか。
國分 はい(笑)。そうしたら、湾岸戦争のときに、多国籍軍の行動を支持するかとか、自衛隊を派遣すべきかとか、各社の言っていることが違うと気がついた。
上野 あなたはたった今、私の過去の記憶を呼び覚ました(笑)。湾岸戦争のとき、私は某私立大学の教員をやっておりました。そのとき倫理社会の入試問題に、湾岸戦争を支持するかどうかをめぐって新聞の社説を複数出して、「あなたはどれに賛成するか。その理由を述べよ」というような問題を出した覚えがあるのよねぇ。
國分 それくらい新聞によって言うことがずれてましたよね。
上野 完全にずれてましたね。ずれてるのが健全だと思いましたけれど。新聞が「中立公正」だなんてナイーブな信念を持っていないもので。
國分 あんな明確に対立したのを僕は初めて見た。しかもその対立した意見がどれも不出来だし、それらの間の議論も全然なってない。「なぁんだぁ、大人は今まで平和だとか、民主主義だとか言ってたくせに、いざというときには役に立たないきれいごとを並べてただけで、何にも考えてなかったんじゃないか」と思った。そういう反発が、上の世代に対してあるんですよ。
上野 はい。それはおっしゃるとおりです。最近出した『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)に私はこう書きました。「こんな世の中に誰がしたと詰め寄られれば、今年高齢者になった上野はもはや申し開きはできませぬ。あんたたち、考えなしでやってきたんでしょって言われたら、考えなしでやってきたツケが原発事故でしたから。考えなしでやってきたツケが今日の雇用崩壊ですから」。私は、この本のなかで痛恨の念を込めて、あとから来る人たちに「ごめんなさい」と言いました。
國分 非常に強く受けとめました。その言葉は僕にとって今日最も重い言葉です。
上野 この本のあとがき、わりと皆さんがよく読んでくださいました。20代の女性読者から「電車のなかで読んで思わず泣いてしまった」という感想をいただいて、大変ありがたかったです。ところであなたはアラフォーですよね。
國分 はい、そうです。
上野 私ね、20代の人にはまったく申し開きができないが、アラフォーの人がこれからどんな目に遭うかは楽しみに見ている。あと20年経てば、きっとキミたちが「こんな世の中に誰がした」と詰め寄られる立場になるから(笑)。
國分 はい、そうかもしれません。
上野 小平市の道路通したのは誰だってね。でも先ほどの「集団神経症」というのは、哲学者として言っちゃいかん言葉じゃないですか。「あいつらは病気だよ」というのは、完全に他者化する言語ですから、これは哲学者はやっちゃいかんよ。
國分 いやまあ、精神分析的には、正常な人はみんな軽度の神経症なので(笑)。
上野 言い逃れだ(会場、笑)。
*この連載は全4回です。次回掲載は2月7日(金)の予定です。