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やまゆり園事件

2020.07.30 公開 / 2021.07.27 更新 ポスト

第3回(全3回)

「共生社会」を美辞麗句で終わらせないために【再掲】神奈川新聞取材班

自立を美化し、依存を否定し、孤立していった

――ドナルド・トランプ米大統領に強い憧れがあって、犯行前に「障害者を殺せば、トランプが(自分のツイッターの)『いいね』を押す」と友人に吹聴していた姿と重なります。

石川 はい。「俺、すげえだろ」と言いたいだけだった。そういうところにも彼の正直な感情が表れているように思います。

川島 僕もコンプレックスがかなり影響していると思っています。裁判では、彼がなぜ事件を起こしたかについて間接的に言及していました。それが「野球選手や歌手になっていたら、事件は起こしていない」という発言です。まさにこの言葉に表れていると思います。自分の人生が充実していたら、こんなことは発想していないということです。

川島秀宜記者

植松は幼少時から目立ちたがり屋でしたが、他者から賞賛されるような特性を持っていないと本人は思っていました。結局は、犯罪者としてでもいいから、周囲からの承認を得たいという気持ちになったのだと思います。注目を浴びたいがための自己実現だったのではないか。「優生思想」とかヒトラーとかというのは、全部後付けの話なんです。本来は本当に薄っぺらい人間なんだと思います。その自己承認欲求にいろいろな思想を借りて、外部からの入れ知恵で肉付けしていたわけです。

東大で当事者研究をされている熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)は、理想を希求し続け、あるがままの自己を受け入れられない夢想家は、「満たされない現実とのはざまを埋めようと、神聖化されたカリスマや崇高な言葉に依存するようになる」と分析されていました。これは植松にもあてはまります。

植松は自分には才知の及ばない超越的な存在にはつき従いますが、一方で身近な隣人愛とか、身近な関係性、多様な関係性みたいなものは卑下していました。イルミナティカード(オカルト愛好家たちが世界の大きな災害や事件などを言い当てていると信じる米国発祥のカードゲーム)やトランプ大統領などには従いますが、家族や友人について質問を向けると、あからさまに嫌がりました。隣人愛や身近な関係性のことを彼は「依存」だとして否定していました。人は自立すべきだ、「超人」に向かうべきだと考えていたのです。

最首さんは「二者性」という言葉を使われています。人と人とは一番身近な「あなた」と「私」という「二者性」がないと生きていけないとおっしゃっている。小さな人間関係の穏やかさが一番大事という意味で、それはいい意味での依存なんです。植松はその依存の大切さに気づけなかった。自立を美化しすぎてしまった。だから孤立してしまったのだと僕は考えています。

 

 

関連書籍

神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』

2016年7月26日、知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が死亡、26人が重軽傷を負った「やまゆり園事件」。犯人は植松聖、当時26歳の元職員だった。なぜ彼は「障害者は生きるに値しない」と考えるに至ったのか。地元紙記者が、37回の接見ほか丹念な取材を続け、差別を許容する現代日本のゆがみを浮き彫りにした渾身のドキュメント。

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やまゆり園事件

〈目次〉
第1章 2016年7月26日
未明の襲撃/伏せられた実名と19人の人柄/拘置所から届いた手記とイラスト

第2章 植松聖という人間
植松死刑囚の生い立ち/アクリル板越しに見た素顔/遺族がぶつけた思い/「被告を死刑とする」

第3章 匿名裁判
記号になった被害者/実名の意味/19人の生きた証し

第4章 優生思想
「生きるに値しない命」という思想/強制不妊とやまゆり園事件/能力主義の陰で/死刑と植松の命

第5章 共に生きる
被害者はいま/ある施設長の告白/揺れるやまゆり園/訪問の家の実践/“成就”した反対運動/分けない教育/学校は変われるか/共生の学び舎/呼吸器の子「地域で学びたい」/言葉で意思疎通できなくても/横田弘とやまゆり園事件

終章「分ける社会」を変える

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