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やまゆり園事件

2020.07.30 公開 / 2021.07.27 更新 ポスト

第3回(全3回)

「共生社会」を美辞麗句で終わらせないために【再掲】神奈川新聞取材班

「植松は早く死刑になれ」と言うのは、植松と同じ

――『やまゆり園事件』には「小さな植松」という表現が出てきます。NPO法人日本障害者協議会の藤井克徳さんの言葉で、ネット上には植松の行動や思想を賛美する声がはびこっていて、再発の火だねになるのでは、と書かれていました。みなさんは、第二、第三の植松が登場する可能性をどのようにお考えでしょうか?

石川 事件から4年経って、何か変わったかと言われれば、社会は何も変わっていないと思います。たぶん、第二、第三の植松は、今も社会の中で育っているのかもしれません。

これだけの事件が起きて、我々も力不足ではあるけれども発信してきて、それでも社会は変われたかというと、なかなか変われない。僕は今年の7月26日を境に、事件はより一層風化が進むと思っています。裁判が終わって、死刑が確定して初めて迎える今年の7月26日は一つの大きな節目になると思いますが、来年以降どれだけニュースになるのかはわかりません。数年後、植松の死刑が執行されてしまったら、「過去の事件」として済まされてしまいそうな危機感さえ感じています。

でも、「植松」という存在を排除したからこの事件が終わりなのかというとそうではなく、この事件が問うたものとは何なのか、というのが『やまゆり園事件』という本の構成に反映されています。

何かすぐに行動しなければいけないということではなく、まず、この事件を忘れないということが大事だと思うんです。その小さな一歩が非常に大事だと思っていて、この本も特に事件の内容を具体的に書いた一章と二章はなかなか読めない人がいるかもしれませんが、ほかの章を読んでもらって「こんな悲しい事件があった」と思い出すきっかけにしてもらえたらと思っています。事件のことを忘れないようにしようという気持ちがその人の中にあれば、第二、第三の植松が出てくるリスクや可能性を減らすことになり、他人に対しても心を寄せられる社会になるんじゃないのかな、と思いますね。

川島 殺害という行為をするか、しないかというのは大きな違いだと思いますが、SNSなどで「植松は生きるに値しないから、早く死刑になれ」と言っている人たちは植松と同じだと思っています。植松予備軍、第二の植松と言っていい。

――正義感で言っているのかもしれませんが、実はその内面は植松とあまり変わらない?

川島 ええ。なぜ植松を死刑にするのかを考えることは非常に重要だと思います。そのとき、「あんな冷徹な人間なんだから、社会の安全を守るために早く殺すべきだ」という発想で死刑にすることはできないと思っていて。「生きるに値しない命」という考え方は、まさに優生思想だからです。それが「死刑になれ」に繋がってしまう。

今回、森炎さんという元裁判官の方にもインタビューしましたが、裁判官は判決文を書くときに、被告人の悪性に基づいて死刑判決は言い渡せないことが大前提としてあるらしいです。生きるに値しない極悪人だから死刑にするというわけではない。「排除」とか「抹消」という観点ではなく、なぜ死刑にするのか、それがどのような意味を持つのかを考えることが大事だと思っています。

 

 

関連書籍

神奈川新聞取材班『やまゆり園事件』

2016年7月26日、知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が死亡、26人が重軽傷を負った「やまゆり園事件」。犯人は植松聖、当時26歳の元職員だった。なぜ彼は「障害者は生きるに値しない」と考えるに至ったのか。地元紙記者が、37回の接見ほか丹念な取材を続け、差別を許容する現代日本のゆがみを浮き彫りにした渾身のドキュメント。

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やまゆり園事件

〈目次〉
第1章 2016年7月26日
未明の襲撃/伏せられた実名と19人の人柄/拘置所から届いた手記とイラスト

第2章 植松聖という人間
植松死刑囚の生い立ち/アクリル板越しに見た素顔/遺族がぶつけた思い/「被告を死刑とする」

第3章 匿名裁判
記号になった被害者/実名の意味/19人の生きた証し

第4章 優生思想
「生きるに値しない命」という思想/強制不妊とやまゆり園事件/能力主義の陰で/死刑と植松の命

第5章 共に生きる
被害者はいま/ある施設長の告白/揺れるやまゆり園/訪問の家の実践/“成就”した反対運動/分けない教育/学校は変われるか/共生の学び舎/呼吸器の子「地域で学びたい」/言葉で意思疎通できなくても/横田弘とやまゆり園事件

終章「分ける社会」を変える

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